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「……?」  ただ、いい加減長すぎるような気もした。ラインヴァルトは一体どうしたというのか。キスを、するんじゃなかったのか。そっと瞼を開けて、椛は彼の様子を窺い見た。 「……ライン?」  すると、そこには険しい面立ちをしたラインヴァルト。急な彼の表情の変化に椛は驚いて、思わず彼の名前呼んでしまう。その声はなんとなく、震えていた。ほんの少し上ずったかもしれない。なぜだろう、椛にはそれがわからなかった。 ――何かが原因で、今、ラインヴァルトに嫌われたのではないかという恐怖がそうさせたのだと、気付くことができなかった。 「ナギ」 「……はい」 「……これ」 「――!」  ラインヴァルトがそっと、指を椛の首筋に這わせる。そう、首輪の痕に。ドクン、と嫌な感じに椛の心臓が跳ねた。じっと自分を見つめるラインヴァルトに恐怖を覚える。  見ないで、この痕を見ないで……。  椛は体を起こし、首の痕を隠そうと身を丸めようとしたが、それはかなわなかった。ラインヴァルトが椛の手首を掴み、じっとその痕を見つめる。 「……痛いか?」 「……え?」 「これ……いつも、こんなことされてるの? ナギ」 「……そ、それは……あっ、やだ……」  ラインヴァルトが椛のドレスのリボンをほどく。純白のドレスはするすると、甘いお菓子の包み紙のように軽やかに椛の身体を滑り落ちる。しかし、ドレスを解いたさきにあったのは、あまりにも痛々しい細い身体。白い陶器のような肌に、鬱血痕、錠、そして鞭で打たれた痕が赤黒く浮かんでいた。 「……アウリールか。……なんでナギは嫌って言わないんだ」 「……いや、って思ってないからです……。だって、これが僕がアウリール様に愛されているって証ですから……」 「こんなものが愛の証だって?」 「――ッ! ら、ライン……!」  再び、押し倒される。ばちりと目があった瞬間、カッと顔が熱くなった。 「――俺は、絶対に愛する人にこんなことをしない。……俺は、」 「……んっ……、」  ラインヴァルトが、椛の身体に散る痕に、そっと唇で触れた。 「俺は、もっと優しく――ナギのことを愛したい」  ぞく、と初めての感覚が椛の身体を突き抜ける。傷に触れられたことによる痛みと、触れるか触れないかという微弱な強さで撫ぜられたことによる淡い熱が交じり合って、不協和音が生まれてゆく。頭の中を痺れが満たし、心臓には正体不明の圧力がかかり、おかしくなってゆく自分の身体に椛は狼狽えた。 「ま、まって、ライン……あっ……」 「ナギ……おまえは知らないんだ……愛するってことは、こんな風に傷つけることじゃない……」 「じゃあ……、ッん、ラインは、知ってるの……あ、愛する、って……はぅ……どういう、こと?」  ラインヴァルトの唇が椛の傷跡を慰める。白い滑やかな肌を滑り、身体の凹凸をなぞり、隅々まで優しく、撫ぜてゆく。儚いくらいの刺激だというのに、ほんの少しラインヴァルトが動いただけで椛の唇からは甘い声が漏れだした。 「……自分のそばで笑っていて欲しいと、願うこと」 「……、」  もう一度、ラインヴァルトは椛の頬に触れる。もう片方の手の平で椛の身体を大きく撫でれば、椛は目を閉じて、熱い吐息を吐きながら身体をくねらせた。濡れた睫毛が震える。そっと開かれたそこからは、黒真珠のように美しい漆黒の瞳が、ラインヴァルトを見つめていた。 「……っ、やっぱり、」  唇を近づけられて、椛はぐっと身体を逸らした。悩ましげに眉を寄せ、頬を紅潮させて、瞳を揺らす椛のなかには、やはり平穏を壊されることへの恐怖が存在した。ラインヴァルトはそっと椛の顎をもって、自分の方へ向かせる。 「……やだ?」 「……だって、……怖い」 「……俺を、好きになることが?」 「……す、き?」  大きな瞳がまたさらに大きく見開かれる。ああ、「好き」という感情も知らないのに、彼は抱かれることを愛だと思い込んでいたのか、それをラインヴァルトは悟り、泣きたくなった。 「……怖くないよ」 「……ライン……?」 「――怖くない」  そっと、唇を重ねた。ぴくん、と身動ぎした椛の頬を優しく両手で包み込み、唇を押し付ける。

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