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「できないの?」
「いや、まて……おかしいだろ、兄弟でそんなことやるの……」
「汚いオヤジに臭いペニス突っ込まれるよりは随分と健全だと思うけど」
「……そ、そういう問題じゃ……」
「ねえ、兄さん、できないの?」
「……ッ」
様子が変だ、ヘンゼルがそう思った瞬間に、椛は再び泣きだしてしまった。弱々しく泣いていたと思えばこうして妙に悟った風に迫ってきて、そしてまたわんと泣きだして。望んでもいないセックスを強要される毎日に、椛が精神を病み始めているのだと気付くのには難しいことではなかった。生きるためだと、家族とためだと無理やり自分を納得させている反面、身売りをしている自分に嫌悪感を抱いている。
「……ナギ、」
「……」
「……どうすればいい?」
「どう、って?」
「……どこを、舐めればいい」
ヘンゼルの言葉を聞いた椛は、一瞬びっくりしたように目を見開いたが、すぐにほっとしたように笑う。その細い指でカットソーの裾を掴むとゆっくりとめくり上げていき、白い肌をさらけだす。体中に散る鬱血痕にヘンゼルは思わず目を逸らしたくなったが、既のところでそれを耐える。
「――全部」
すうっと唇を歪めて笑った椛は、なるほど非常に妖艶だった。その蛇に絡まれたかのような色香にあてられそうになって、ヘンゼルは軽く首を振る。早く終わらせてしまおう、そう思って椛の胸元に唇を寄せると、とんとんと肩を叩かれて阻まれてしまった。
「兄さん」
「……なんだよ」
「兄さんは、セックスをするときにキスもしてくれないの?」
「……これはそういう奴じゃないだろ」
「……僕とはキスしたくない?」
「……」
ここで断ったらたぶん、また泣いてしまう。そのときヘンゼルが抱いたのは、嫌悪感よりも、面倒だという気持ちよりも、椛への憐れみであった。彼の性格がここまで歪んでしまっていたことに、どうして自分はもっと早く気づけなかったのか。
「……僕はね、兄さんのこと嫌いだよ」
「知ってる」
「でも、兄さんとのセックスには興味ある」
「……ちょっと何を言っているのか理解できねぇんだけど」
「兄さんはね、僕が今まで出会った男の人の中で、一番綺麗なんだよ。顔も……心も。こういうことにはあまり慣れていないでしょう? そういう兄さんが、乱れるところを……僕はみたいんだ」
「……ああ、」
いよいよ、こいつは頭がおかしい。そう思ったヘンゼルは敢えて何も言わなかった。ぐっと椛の顔を掴んで、乱暴に口付ける。弟とキスなんかしたくない。ついでに言ってしまえば、きっとこれを悟られたら椛は発狂してしまうだろうが、身体を売っている彼とのキスには些か抵抗があった。……やはり理解できない。あんな汚い、身売りの少年を抱くことにしか娯楽を見出せない男共に身体をひらくことができるなんて。
「ん、ふ……ぅ、んん……」
舌で唇をつつかれ、仕方なくその侵入をゆるしてやる。ここはこうしたほうがいいのだろう、半ば諦めの心でヘンゼルが舌を絡めてやれば、椛はくぐもったような甘い声を零した。ぎゅっ、とシャツの背面のシワを集めるようにしがみつかれ、それでもヘンゼルは何も感じない。……これも、客を喜ばせるために身につけた技なんだろうな、それくらいしか思えなかった。
「あ……、にい、さん……」
「なんだよ」
「や、……やめ、ないで……きす、きもちいい、から……」
「……わかったよ、じゃあほら、口ひらけ、舌をだせ。俺がやりやすいようにしろ」
「ん……は、い……」
椛が潤んだ瞳でヘンゼルを見上げる。しかしすぐに恥ずかしそうに瞼を伏せてしまって、ヘンゼルに言われた通りに唇をそっと開き舌をのばした。滑稽なその行為に激しい羞恥を覚えているのか、椛は顔を紅くしてふるふると震えている。
「……」
そこまでして自分とキスをしたがっている椛にヘンゼルは些か違和感を覚える。だって、椛はヘンゼルを嫌いなはず。好きでもない相手とのキスに快楽など感じるはずもないのに、なぜ椛はヘンゼルとのキスを求めているのか。
頭の奥のほうで、舌を絡める水音が響く。そして自分の下でぴくぴくと揺れる椛の身体を感じて、ヘンゼルはますます動揺した。溢れる甘い声が耳を掠めると、毒に侵されたような心地になる。
「にい、さん……」
「そんなに俺とキスするのがいいのかよ」
「……だって……兄さんのキス……すごく、優しいの」
「……そりゃあ、」
そりゃあ、おまえを相手にガツガツとしたキスなんてしたくねぇし、というのは黙っておく。きっと、こうしたヘンゼルの遠慮がちなキスは、醜い欲望に染まった男共のキスに慣れた椛にとって新鮮なものだったのだろう。唇を離せば椛はとろんとした瞳でヘンゼルを見つめてくる。
「……兄さん、もっと……もっと、優しくして……僕の身体、優しく愛して」
「……椛、」
「……兄さんは、僕のことを嫌いだから……だから、すごく優しいの、知ってるよ。兄さんは僕の裸をみたところで興奮なんてしないから、だから……ただ、僕が気持よくなる、そのためだけに触れてくれる。他の男たちみたいに、自分のやりたいままに触れてきたりなんかしない」
「……おまえだって俺のこと嫌いだろ。俺にこんなことされて何がいいんだか」
「……相手なんて関係ないでしょう。身体の気持ちいいところに触れられれば気持ちいいって感じることのなにがいけないの」
「……やっぱり理解できねェわ。俺なら嫌いな奴に触られたら不快で仕方ない」
どうせここで言い合いすれば水掛け論になって延々としょうもないことを主張しあうだけ。ヘンゼルは言及を諦めて、さっさとこの慰めの行為を終わらせようとした。椛のカットソーの裾をたくしあげて、胸まで露出させる。そして掴んだカットソーの裾を、椛の口元を持ってきた。
「……噛んでろ」
「……、」
「声なんかぜってぇ出すんじゃねェぞ。アイツらに聞かれでもしたら大問題になる」
冷たい声でヘンゼルが言い放つと、椛は納得したように小さく頷き、カットソーを唇で加えた。そして、ヘンゼルに胸元に唇を近づけられると、椛はたぐまったカットソーの襟元に首を埋め、ぎゅっと目を閉じる。
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