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*** 「……?」  もう家の玄関、といったところまで歩いて行って、二人は脚を止める。家の直ぐ側に、見覚えのない箱馬車が止まっていたのだ。派手な装飾品がついており、閑静な住宅街ではいやに目立っている。 「……椛、今日は家に帰るのやめよう」 「……え、で、でもどうするの」 「俺の友人の家をあたる……なんか、嫌な予感が……」 「おかえりなさァい! ヘンゼル君、グレーテル君!」 「っ!?」  馬車の扉から一人のバニーガールが飛び出してきた。……先ほどのサーカスに出演していたバニーガールだ。ゾワッと急激な悪寒に囚われ二人が駆け出そうとしたところで、家の玄関からゆっくりと男が出てくる。 「はい、止まってね~。君たちもう契約しちゃったから逃げられたら困るんだよネ」  その男は、サーカスの時に司会をしていた、あの道化師。呆然とする椛を引っ張って、ヘンゼルは道化師を横切り家の中へ入ってゆく。乱暴にリビングの扉を開ければ、そこには吐き気を催すような光景が広がっていた。 「あら、ヘンゼル、グレーテルおかえりなさい」 「おかえり! ふたりとも!」  父と母が笑いあっている。きらきらと輝くような笑顔をヘンゼルと椛に向けてはいるが、その目に二人の姿はうつっていない。  二人の両親は、床に座り込んでいた。その側には、スーツケース。中に入っているのは大量の金貨。彼らはじゃらじゃらとそれを鷲掴みにしてはバラバラとばら撒いて遊んでいる。顔を紅潮させ、目の前の金に悦んでいる。 「君達が一生働いても手に入れることのできないお金で彼らと取引をしたんだヨ!」  ぽん、とヘンゼルと椛の肩を叩いたのは、いつの間にか二人の背後にたっていた道化師。絶望を顔に浮かべ恐る恐る二人が振り向けば、道化師は真っ赤な唇を歪ませて笑った。 「君達を、『お菓子の家』のドールにするという契約」 「……お菓子の家って」  その言葉を聞いた瞬間、ヘンゼルの顔がサッと青ざめる。そして、わけがわからないときょとんとする椛の前に躍り出ると、震える声で叫んだ。 「――見世物小屋……お菓子の家って見世物小屋の名前だよな……!? ドールってなんだよ、まさか俺達にそこの商品になれって言ってるのか!」 「察しがいいね、ヘンゼル君! そのとおり、ドールとはお菓子の家で見世物となる人間のことだヨ!」 「……見世物って……俺達は体に特別なところなんてないし、見世物にしたところで客が喜ぶとは思えねえな」 「ダイジョウブ! ちゃんとお客様に喜んでいただけるように改造するからネ!」 「かっ……!?」  改造、何を言っているんだとヘンゼルは目を見開く。あの、見世物小屋のポスターを思い出す。手と脚が逆に付いている人間、目が百ある人間。まさか、あれらはすべて…… 「ふ、ふざけるな! なんで俺たちがそんな目に合わなくちゃいけない、そもそもなんで俺たちなんだよ!」  自分たちもあのバケモノたちのようにされるのかと思うと恐ろしくなった。ヘンゼルと道化師の話から自分の置かれている状況を把握し怯える椛を抱くようにして、ヘンゼルは道化師を睨みつける。 「サーカスに来てくれていたでしょう? あの時僕が一目惚れしたんだ」 「……っ」 「小さな町だからサ、すぐに君たちのことは見つけられたヨ! とくにそこのグレーテルちゃん。君はこの辺だと有名な男娼らしいネ! アハハ、調べてみれば君たちは兄弟、嗚呼、なんて素晴らしきこと! 欲しくなったよ、僕のもとで踊ってくれないか」 「――アッ」  やはり、サーカスの時にこの道化師はヘンゼルたちのことを見ていたのだ。あの時から品定めをされていたのかと思うと身の毛がよだつような恐怖を覚える。  逃げようとした。  しかし、ダメだった。  するりと道化師の横から現れたきぐるみを着た人に囚われ、口を覆うようにガーゼを当てられる。抵抗の余地がまるでなかった。なんともひょうきんな顔をしたこのきぐるみが自分たちを捉えようとしているというあまりにも可笑しな状況に判断が遅れてしまったのかもしれない。銃を抜くことも、走りだすこともできなかった。 「待っ……椛は……なぎは、だ、……め」  自分と同じように捉えられた椛をみて、絞りだすようにヘンゼルは言う。しかしあっさりと、意識を手放してしまった。 「――にいさん……」  最後に聞こえたのは、椛の声と、両親が金貨をもてあそぶ音――

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