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「さ、おいでヘンゼルくん」
「や、やめ……」
首輪のチェーンを掴まれる。引っ張られるように、がくがくと立ち上がった。脚がばかみたいに震えて、すぐに崩れ落ちそうになって、それでも首を引っ張られて、苦しい。
「ドクター、ちょっと待って」
どこからか、ひょうきんな声が聞こえてきた。カツ、カツ、と軽快な足音が徐々に近づいてきて、その正体がヘンゼルの牢の前までやってくる。
「あ……おまえ、は」
現れた男は……あの、道化師だった。ヘンゼルと椛を捕らえた時とは違う服装をしているが、間違いない。ドクターは彼の声を聞くと、残念そうにヘンゼルの鎖を離し、振り返る。
「どうして止めるんです、団長。これからこの子の体をチェックしようとしたのに」
「ヘンゼル君ね、オープニングアクトじゃなくてショーで使うことにしたから改造はなし!」
「え、えぇ~!? ちょっと待って下さいよ! なんでですか! これからこの子には黒い翼をつけてあげようと思ったんですよ! 絶対似合います、堕天使みたいに美しくなるって、そう楽しみにしていたのに!」
「ショーで使う子で欠番がでちゃったからさ! ヘンゼル君ならショーでも十分使えるだろう?」
道化師がニコっと笑う。つかつかと歩み寄ってくる道化師は、手際よくヘンゼルの首輪についた鎖を牢から外した。そして、「立て」と促すように引っ張り上げる。
「うっ……」
急に首に衝撃がかかって呻き声をあげたヘンゼルを、道化師は嬉しそうに見下ろした。そして、甘く、囁くように言う。
「堕天使になら、僕がしてあげるよ――堕ちておいで、ヘンゼル君。僕のために踊って欲しいんだ」
化粧を施した瞳のなかの闇が深まったように見えた。ゾワッと肌が粟立った。恐怖に支配されたようにヘンゼルは素直に立ち上がったが、震える脚のせいで今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
「か、改造をやめるって……俺をどうするつもりだよ……」
「ショーにだしてあげるってことだよ。前座じゃなくてね」
「ショーってなんだって聞いてるんだよ!」
「……それは後で教えてあげる。まずはキミをショーに出せるように教育しないと」
再び鎖を引っ張られて、ヘンゼルは道化師を睨み上げて抵抗した。ショーとは恐らく前座――つまり改造人間たちのお披露目よりも刺激的なことをやるのだろう。そのショーに出されるなど、いったい何をされるのかわかったものではない。その場に踏みとどまるようにしていれば、やがて道化師がふっと呆れたように笑い出す。
「そんなにオープニングアクトのほうにでたければ僕は構わないけど? いやいや勿体無いねぇ……改造された人間は大抵異物を体に取り付けられることによる拒絶反応で気が狂ってしまうから……せっかくのキミの優れた容姿も台無しになってしまう。それに改造人間の寿命は精々一ヶ月。接合部から体が腐っていって蛆虫の温床になりながらあっさりと死んでしまう……そんな末路がお望みならそうしてもいいよ?」
「……ッ、だって……その、前座って奴よりも、ショーのほうがヤバイんだろ……」
「少なくともショーにでるドールは五体満足・健康的に生きることができる。どっちをえらぶ? キミは容姿のおかげで選択肢を与えられているんだ、幸福に思うといい……もっとも、ここに連れて来られた人間は与えられた選択肢以外の生き方は許されていないけどね。逃げることも、楽に死ぬこともできないよ。抵抗なんてすれば死よりも苦しい罰を与えるからね――さあ、ヘンゼル君。ショーとオープニングアクト……どっちのドールになる?」
「……ッ」
ヘンゼルはなにも答えられなかった。絶望に目の前が真っ暗になって、抵抗する気も失せてしまった。だらりと俯いたヘンゼルをみて、道化師が笑う。
「……きまりだね。おいで、僕が立派なドールにしてあげるからね」
鎖を引っ張られ、されるがままにヘンゼルは歩き出した。牢の出口に、先ほど撃たれた爬虫類人間が横たわっている。ビクンビクンと不規則に痙攣しているそれを、ヘンゼルは諦めたような目で見つめた。……こうならなかっただけ、マシなのか。
「――団長! 団長自らそいつ調教する気ですか!? そんな面倒なことしないで調教師に任せればいいじゃないですか!」
「彼は僕が飼育したいんだ――独占したい」
「……あっ」
突然、勢い良く引っ張られる。ヘンゼルは思わずよろめいて倒れそうになり、なんとか目の前にいた道化師にしがみついた。
「……僕が折ってやるのさ」
「……っ」
道化師がドクターに見せつけるように、ヘンゼルのシャツをたくしあげ背中を露出させてゆく。ヘンゼルが睨み上げて手を振り払おうとすると、道化師がちらりと爬虫類人間のほうを見た。「抵抗したらおまえもこうするぞ」、そう目だけでヘンゼルに言ったのだった。ゲェゲェと苦しそうに血を吐きながら震えているソレをみて、ヘンゼルは押し黙る。
「んっ……」
恐怖で敏感になった肌の上を、道化師の指がなぞる。
「彼の純潔 を折り――堕とすんだ」
「……ッあ……!」
そして、肩甲骨に爪をたてた。
「――僕のもとへ」
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