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道化師に、部屋に連れてこられてから数十分。普通の一人用の部屋、そこにあるベッドの上でヘンゼルは寝転んでいた。手足を拘束され、首輪でベッドに繋がれているから逃げることもできやしない。肝心の道化師が、ヘンゼルをベッドに繋ぐなりすぐに部屋を出て行ってしまったのである。
(椛はどうしたんだろうな……あいつも改造とかされていなければいいけど)
「ヘンゼル君、ごめんね、待たせて。今日の仕事片付けてきてたんだ」
「……えっ」
扉の開いた音が聞こえ、顔をそちらへ向けたヘンゼルは、かちりと固まった。そこにいたのは、顔立ちの整った痩身の男。誰だと一瞬思ったが、声は紛れもなくあの道化師の声である。
「……おまえ、あのピエロ?」
「ヘンゼル君、そろそろ僕を名前で呼んで欲しいな……僕はトロイメライの団長・ヴィクトール。これから僕とこの部屋で過ごすんだから、仲良くしよう?」
「……は? 俺が、おまえとこの部屋ですごす? 何言ってんだよ」
「そのままの意味だよ。ここは僕の部屋。キミはこの部屋でこれから暮らしてもらうからね」
いろいろ突っ込むべきところ――この男・ヴィクトールがトロイメライの団長、つまり頭だということ、話し方があまりにもサーカスや家でみたときと違うこと――があるのだが、ヘンゼルは一番意味不明だと思ったことをまず突っ込んだ。どう見ても一人用の部屋でなにが楽しくて二人で暮らさなければいけないというのか。先ほどの牢屋で、彼とドクターは「調教」すると言っていた。そもそもこの場所で調教なんてムリだろう、ヘンゼルはいろいろと考えて、訝しげにヴィクトールを睨みつける。
「ショーに出れるように……立派に育ててあげるから」
「だからショーって……そもそもなんで俺を、あんな大金払ってまで買ったんだよ! 俺にそこまでする価値なんて」
「気付いていないの? 馬鹿だねヘンゼルくん」
「……っ」
自分の置かれている状況に混乱し叫ぶことしかできないヘンゼルをたしなめるようにヴィクトールは目を細める。そして、ゆっくりとヘンゼルの乗るベッドに近づいていくと、その上に乗り上げた。ヘンゼルの両脇に手をついて、すっと冷たい瞳でヘンゼルを見下ろす。
「ここらへんでは珍しい黒の髪と瞳……それを引き立たせるような透き通った白い肌……細身でありながら健康的な肉体……自分の生まれ持った身体の価値にも気付けない……キミはなんて愚かなんだろうね? その点自分の美貌の価値を理解して利用していた弟くんのほうが賢いかな?」
「……まるで身売りがいいことみたいに言うんだな……わけがわからない。……それより、その弟……椛はどうした、俺と一緒にここに連れてきたんだろ」
「椛? グレーテル君のことかな? 彼ならキミと同じショーのドールにするから綺麗なまま他の部屋にいるよ。大丈夫、キミが怒るようなことは一切していない。……それよりさ、ヘンゼルくん」
「……んっ!?」
視界がふっと暗くなり、ヘンゼルは目を見開いた。頬を手で包まれ、唇を塞がれる。手足を拘束されているため押しのけることもできず、身を捩ろうとも抑えられてそれはかなわない。出会ったばかりの男にキスをされたことに強烈な不快感を覚えて、ヘンゼルはぎゅっと目を閉じる。
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