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「ヘンゼルくん、キミはこれからあのステージに立ってパフォーマンスをする「ドール」になる。だから、「ドール」というものが一体どういうものなのか、その目でみてもらうよ」
「……ここのステージでのパフォーマンスっていうのは……俺達の町で開いたサーカスとは全く違うんだろ」
「そう、このホール……っていうかお菓子の家自体が地下にあってね。結構アングラなショーで、大々的には告知されていない。キミが知っているサーカスとはまるで違うショーだ」
「……」
ホールに集まっている人々は、金持ち風の装いをした者や堅気ではなさそうな者ばかりだ。金を持て余してこんなところに来ているのかと思うと、あまりいい気分にはなれない。ヘンゼルは前から聞いていたトロイメライの催すショーについての悪評を思い出す。……見世物小屋、と言われているのだ、きっと奇異な姿をした者が「パフォーマンス」をするのだろう。
どこか冷めた気持ちで、騒ぎ立てる人々を見下ろす。自分と接するときとはあまりにも雰囲気の違うヴィクトールにも驚きっぱなしだ。あの甘ったるい声は嘘のように甲高い阿呆のようなものに変わり、動作もまさしく道化者。あそこまで演じることが上手いのかと、思わず感嘆してしまう。
「ほら、始まる。まずはオープニングアクト。……キミがはじめになる予定だったドールのパフォーマンスだ。メインのショーの前の前座として行われるヤツ。みてて……ほら、」
「……!」
ステージのわきから、ゾロゾロとバニーガールに連れられて「改造人間」が現れる。それを見た瞬間、ヘンゼルは思わず目を逸らしてしまった。
……あまりにも人間離れしたその姿。ムカデのようにたくさんの脚が生えた這うように歩いている者、だらりと足元垂れる長い首を持った者……あれが元々は自分と同じように五体満足だった人間で、無理な改造をされた末の姿だと思うと、あまりの不快感に吐き気すらも催した。
気持ち悪さにぐるぐると視界は回っているが、パフォーマンスは続いている。歓声に混じってチャリンチャリンと何か硬いものがぶつかり合うような音がしてハと顔をあげたヘンゼルは、呆然と目をみはる。
ステージの上で歪に蠢くドール達に向かって、観客が金を投げつけて笑っている。手を叩き、ばかにするように大笑いしながら、コインを投げるのだ。
「……あれは、なにを」
「素晴らしいと思った役者にはチップを。それがこの世界のルールさ」
「……どうみてもアレは違うだろ! ああやって……自分たちとは違うかたちをした人間を、笑って、バカにして……あんな、」
ヘンゼルはあまりの憤りに涙すらも出てきた。なりたくてあんな姿になったわけではないのに。それなのに、あんな風に見世物にされて、あげくお金を投げつけられて笑われて。隣にいるドクターにつかみかかりたい衝動を抑える。ドクターだけが悪いのではない。ここにいる人間すべて、あのステージに立つ人たちの人権を否定しているのだ。
「……あ」
「あちゃー!」
ギラギラとコインが光を反射するステージの上で、改造された人間が一人、いきなり痙攣を起こしたかと思うと血を吐いて倒れてしまった。脚が大量に生えた人間だ。バタバタと激しく脚をバタつかせて、脚と脚を絡めたりして、激しく暴れている。まるで壊れた人形のようなその様子に、ヘンゼルの背筋が凍りつく。
「おっとこれはこれは失礼! こちらのお人形は不良品だったみたいダ!」
そんな苦しげに暴れる改造人間にヴィクトールはひょこひょこと歩み寄ると、パチンと指を鳴らす。そうすると、トンカチをもった道化師が現れる。
「修理をしないといけませんネ! ではミンナで歌いましょう! リズムに合わせて修理していきマース! Now we dance looby, looby, looby Now we dance looby, looby, light.Now we dance looby, looby, looby,Now we dance looby, looby, as yesternight.~♪」
ヴィクトールが陽気に歌い出す。そうすると、まずはステージに立っていたバニーガール達、トンカチをもった道化師が首をゆらゆらと振りながら一緒に歌う。そして、それを見た観客。音頭をとられ、つられたように笑いながら歌う。
そして、
「――やめろ!」
その歌に合わせて、道化師がトンカチを改造人間に振り下ろした。何度も、何度も。リズムに合わせて。
叩く場所によって、硬い音がしたり、柔らかい音がしたり。人を鉄で殴るとあんな音がするのかと、寒気が走る。思わず叫んでしまったあと、ヘンゼルはショックのあまりずるずるとしゃがみこんでしまった。
「人が殺される場面っていうのはあまりお目にかかれないからね。結構人気なんだよ」
「……頭おかしいんじゃねぇの」
「そう? 人ってそういうものでしょう? イケナイことが大好きだ」
なんで、誰も嫌な顔をしないで笑っていられるのか。そういう人が集まる所なのか。オカシイじゃないか、こんなの。様々な想いがこみ上げてきて、ただただ唇から嗚咽が漏れる。
「ハーイ! 不良品の処理は終了しました~! お見苦しいところを見せちゃってゴメンネ!」
ヴィクトールの声は相変わらず陽気で。人殺しの命令をしたような男のものとは思えない。再び改造人間たちが踊りだせば、コインの音が鳴り響く。
耳を塞いで、目を閉じて、ただ、はやく終わってくれと祈ることしか、ヘンゼルにはできなかった。
「さてさてここからは、メインステージだヨ~! 皆さんおまたせいたしました~! なんと今日は新人のドールが!」
しばらく塞ぎ込んでいたヘンゼルの耳に、ヴィクトールの声が入ってくる。また、なにか悍ましいことをするのか。恐る恐る顔をあげてみれば、先程までいた改造人間は既にステージからはけていた。
「……!」
しばらくすると、ガラガラと音をたててステージの脇から何かがでてくる。
「うわ……」
それは、華美な装飾の椅子に拘束された、裸の少年だった。大きく開脚するようにして脚を固定されていて、上半身は紅い縄で縛り付けられている。腕だけは自由にされているが、少年はくたりと背もたれに頭を預けて動こうとしない。
「……悪趣味……あれ、何するつもりだよ」
「あれはねぇ、とても美しい二重奏を奏でてくれるんだ」
「は? デュエット?」
「もう一体、いる」
「……?」
もう一体、ドクターがそう言うと同時に、少年がでてきた方とは逆のステージの端からまた一台、椅子がひかれてくる。
「……あ、れは」
そこに括りつけられている少年をみたヘンゼルは、柵から身をのりだして叫んだ。
「――椛!」
――その少年は、間違いなくヘンゼルの弟・椛だった。椛も先にでてきた少年と同じように、全裸にされて椅子に括り付けられている。
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