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「うそ、え、まさか、……いいよ、そんなに無理しなくて」
「誰のせいだと思ってんだよ、俺ははやく寝たい」
「だ、だからって……えっ、あ、ちょ」
そのまま、ヘンゼルはペニスの先に唇で触れた。何をされるのかはわかる、でもまさかヘンゼルからやってくるとは思わず……ヘンゼルが自分の股間に身体を伏して顔を埋めるその光景に、ヴィクトールは情けなくも赤面してしまった。
「くっ……」
口淫のやり方などよくわからないのだろう、どこか拙いそれでも、ヘンゼルがしているという事実がヴィクトールを興奮させる。その光景をみただけでもイッてしまいそうだ。すっかりかたくなったそれを遠慮がちに舐められれば、弾けてしまいそうになる。
「……ヴィクトール」
「……な、に」
「俺、わからない」
「……なにが?」
「ヴィクトール以外の人に触れられたとして……どうなるのか、わからない」
手でゆるゆるとしごきながら、竿の部分に何度も音を立てながら口付けをする。恥じらいを感じているのか、どこか淑やかで……それでいて淫靡なその仕草。思わず見惚れてしまいそうになりながらも、ヴィクトールはヘンゼルに「言わなければいけないこと」を思い出し、重い口を開く。
「……そう、ドールは調教師以外とも一回セックスをする。身体の具合を試すためにね。大体の場合は今のドールのうち、誰かとだ。実際にショーでするのもドールとだし」
「……ふうん」
「だから明日……ヘンゼルくん、ドールとしてもらうね」
ヘンゼルがちらりとヴィクトールを見上げる。不安そうに。ドールは自分と同じような境遇の人物とはいえ……先日の「C」のドールのような危なっかしい顔つきをした者もいる。元々性行為自体が好きではないのに、そういった得体の知れない人とするというのは、ヘンゼルも恐怖を覚えたのだった。
「怖くなったら……僕のことを思い出して。相手を僕だと思えばいい」
「……あのさ」
「ん、」
「……やっぱり、最後までしよう」
「えっ」
ヘンゼルは唇を拭って、起き上がる。そして、身体を起こすと起立したヴィクトールのものの上に腰を落としていった。所謂、対面座位のセックスをしようとしているのだった。
「へ、ヘンゼルくん……!?」
「できなそうだったらヴィクトールのことを思い出せばいいんだろ……」
ず、とそのまま熱いものはヘンゼルの中に飲み込まれてゆく。一度中に出されていたためそこは柔らかく、また精液が潤滑剤となって、それはすんなり奥まではいっていった。奥を先端が突くと、ヘンゼルは小さく声を漏らし、目を眇め、静かに言う。
「……いつでも思い出せるように、ヴィクトールのこと……俺に刻みつけて」
ズン、と勢い良くヴィクトールのものがヘンゼルの奥を突き上げた。全身を大きく揺すられ、下から襲い来る強烈な刺激にヘンゼルは飛びそうになった。必死にヴィクトールにしがみつきなんとか耐えようとすれば、首筋にちくりと痛みが走る。
「んんっ……!」
噛まれている、それにヘンゼルは気付く。声をあげたヘンゼルに、ヴィクトールはハッと唇を離した。目の前にある白い首筋、ふわりと胸をざわつかせる香りを漂わせるうなじ、気付けばヘンゼルの首に噛み付いてしまっていたのだ、無意識の行為だった。ヴィクトールはヘンゼルの肌に小さなものではあるが傷をつけてしまったことを後悔し、再び噛まないようにと口を閉じてヘンゼルの首筋に顔を埋めるが。
「噛ん、で……」
「……えっ、」
「強く、……ひどくして……ヴィクトール……もっと、」
目眩がする。そうだ、この身体に自分の存在を刻みつけるんだ――ヴィクトールの胸の中で情念の焔が燃える。ぐっと首筋に噛み付いて、意を決して強く歯を埋め込めば、ヘンゼルは甘い声をあげてヴィクトールのペニスを締めあげた。
「あっ……! もっと、強く……! あっ、ぁあッ……!」
「……ッ」
「ヴィクトール……! あっ、……、く、……」
ぎり、と背中に爪をたてられると、なぜか興奮した。次第に汗ばんでくる身体と、ヘンゼルの色が深まってゆく声、それらがヴィクトールを急かす。ガツガツと勢い良く腰を振り、中を抉るようにしてヘンゼルを突き上げて、行為は激しさを増してゆく。
「いく、……イク、あッ……! イク、……!」
やがて、ヘンゼルはぎゅうっとヴィクトールの体をキツく抱きしめて、絶頂に達した。ヴィクトールがゆっくりと体を離し、ヘンゼルの首筋をみてみれば、くっきりと赤黒い噛み痕がついている。痛々しいそれに、やりすぎたという気持ちと……高揚感が生まれる。息がかかる距離で、はあはあと行為の激しさを思わせる深呼吸をしているヘンゼルに、また、ゾクリと征服心が生まれてしまう。
――止まらない
「……刻んで、いいんだよね」
ヴィクトールはそのままヘンゼルをベッドに押し倒し、どろりとした視線を落とした。
ヘンゼルに無理をさせてはいけない、そう思うのに……まだ足りない、自分勝手な欲望が暴走する。しかし、ヘンゼルの返答は穏やかで。
「……うん」
「……もっとしていい?」
「……いいよ。俺が意識を飛ばしても、おかしくなっても、やめてって言っても……いつでも、ヴィクトールのことで頭がいっぱいになるくらいに、激しく、して……いいよ」
すでに虚ろな目をしているヘンゼルは、消えてしまうような声でそう言った。それでも、弱々しくヴィクトールの手を引いて、きて、と小さく言う。
「……戻れないよ?」
「……うん」
ふっと笑ったヘンゼルは、堕ちた天使のように美しかった。ヴィクトールは魅入られた愚者のように――静かに、口付ける。
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