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「今日の相手のドールって、どんなヤツ?」
ドールが待っている部屋まで、ヘンゼルはヴィクトールに抱きかかえられながら移動していた。足腰を動かせないことはないのだが、少し長い距離を歩くとなると辛い。ヴィクトールが一歩踏み出すたびに起こる微弱な振動を感じながら、ヘンゼルは気持ちを落ち着けていた。
「……ああ、……言っておいたほうが、いいかな」
「心の準備っていうか……前に見たちょっと危ないやつだったら嫌だし……「C」とかいう」
「ううん、ヘンゼルくんの相手は「C」じゃない。こういうやつの相手はほとんど「A」から選ばれるから」
ドールが夜を過ごす部屋まで来て、ヘンゼルは驚いたように目を瞠る。長い廊下に扉がいくつか並んでいて、その全てがドールの部屋だとすると、ドールは結構な人数がいることになるのだ。
「一つの部屋に何人もいるのか」
「そう……あ、でも昼間はみんな違うことをしてもらっているから部屋にはいないよ。今日も、ヘンゼルの相手をする一人を除いては出払っている」
一つの扉の前で、ヴィクトールは立ち止まる。「A-1」という札がかけてあったが、その意味をあまりわかっていないヘンゼルにとっては無意味なものだ。なかなか扉を開けようとしないヴィクトールを、ヘンゼルは不思議そうに見上げる。
「ヘンゼルくん、一旦僕からおりようか。あんまり弱っている姿を「彼」にみせるのもいけない」
「ああ、うん……ありがとう、ここまで運んでくれて」
ヴィクトールに促され、ヘンゼルは素直に応じる。足で地面を掴んだ瞬間にズシンと下腹部に違和感が走ってふらつきそうになったが、一人で立てないことはない。いくらか呼吸をして心を落ち着け、ヴィクトールの静かな視線の先の、ドアノブを掴む。
「ヘンゼルくん、今日の君の相手は、」
「え?」
ヴィクトールが言い終わる前に、扉をあけてしまった。飛び込んできた光景に、ヘンゼルは言葉を失う。
「……兄さん」
大きな部屋、並ぶベッド。その一つにポツンと座ってポカンとこちらを見つめる少年は――紛れも無くヘンゼルの弟・椛だった。ヘンゼルは久しぶりに椛に会えた喜びに震えたが、すぐにこの部屋にきている理由を思い出して青ざめる。
「……ヴィクトール、まさか……椛と……?」
ヘンゼルの震え声に、ヴィクトールは黙っていた。その様子に悟ったヘンゼルは、何も言わずうなだれる。
一度、椛とそういうことをしたことはあった……が、未遂だった。もちろんセックスをすること自体が嫌だったが、なにより自分がドールになるのだという事実を椛に知られることが嫌だった。自分は弟を助けるためにここにいる。それなのに、その助ける相手に、自分が男に抱かれているのだということを知られるのが、嫌だった。
「えっと、……とりあえず、椛と少し話していい?」
「……いいよ」
ヴィクトールに許可をとり、ヘンゼルはゆっくりと椛に近づいてゆく。そして、再び「兄さん」と呼ばれたとき――ヘンゼルは椛を抱きしめた。
「椛……よかった、元気そうだな」
「にいさ……」
椛がヘンゼルの背に手を回し、強く抱きしめ返してくる。微かに耳を掠めた嗚咽に、ヘンゼルは椛の頭をぽんぽんと優しく撫でてやった。
「椛、大丈夫、……俺がいれば、大丈夫だから……」
震える体は、少し痩せただろうか。どこか怪我などはしていないだろうか。溢れる想いに、やっぱり自分は兄なのだということを自覚して、ヘンゼルは笑ってしまった。いくら嫌っていても、兄弟というものはつながっているらしい。こうして逆境にたたされたとき、今までいくつも付加された弟への嫌いな理由など吹っ飛んで、何よりも大切な人となる。切っても切れない存在というのはこういうことか、ヘンゼルはそんなことを思う。
「あの……兄さん、……なんか、……雰囲気変わったね」
「はあ?」
「……いや、久しぶりに見たからかもしれないけど」
何言ってるんだ、そう思って椛の顔を覗けば、椛はさっと目を逸らして顔を赤らめた。どうしたんだコイツ、と思いつつヘンゼルは椛をしつこく撫で続けた。
「……ヘンゼルくん、そろそろ」
「あ……」
ふと、ヴィクトールの声がかかる。そうすれば、ヘンゼルはずしりと胸のなかに重石が降ってきたように憂鬱になって、表情を翳らせた。本当に椛とセックスしなければいけないのか……でも、しなければ椛を救えない。
「……椛、これからすること、聞いてるか?」
「……うん」
「……はやく済ませよう、椛も嫌だろ、こんなこと」
「……嫌、じゃないけど……不安かな」
「……俺も不安だよ」
「そうだよね、……兄さん、抱かれたことないでしょう? 僕も、誰かを抱いたことがないんだ」
「……?」
え。ヘンゼルのなかに疑問符が浮かぶ。まず、椛は自分がドールになるためにこういうことをする、という事実を知らないということだ。恐らく、ここにくる人とセックスをしなければいけない、ということだけ伝えられていたのかもしれない。だから、椛はヘンゼルが今までヴィクトールに身体を慣らされていたということを知らない――のは、ヘンゼルにとって大きな問題ではなかった。むしろ都合がいい。しかし、その次の発言――
「ヘンゼルくん……これはドールになるためのテストだ。オンナ役は……君だよ」
「……!?」
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