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 驚きと絶望で、目の前が真っ暗になった。ドールになるためのテストなのだから、考えてみればわかることではあるが――一度椛とした時も、自分が攻める側であったし、何よりも……弟に抱かれるということがショックだった。自分よりも細く、背の低い、そして身体を売ってきた弟。彼の下で啼けと言うのか……  著しく兄としてのプライドを傷つけられたような気がして、ヘンゼルは言葉を失ってしまった。しかし、椛は思ったよりも冷静だ。 「兄さん、兄さんが痛くないように頑張るから……僕、兄さんとここを出たいんだ」  それは俺も同じだよ、とは言えない。椛はヘンゼルがドールになることを知らない。ただ人質としてヘンゼルがとらえられていたとでも思っているのだろうか、素行の悪くつっけんどんな態度をしていたヘンゼルがまさか男に抱かれていたなんて思っていもいないのだろう。椛にとってこれは、ヘンゼルがドールになるためのテストではなくて、自分がドールとして、ヘンゼルを救うためのトロイメライからの命令なのだ。 「兄さんが僕の下になるのが嫌だったら……兄さんが僕の上に乗っていいから……」 「あ、待て、椛……」  椛はあくまで必死に命令をこなそうとしている。まだ、抱かれていた側が抱く側にくるのには覚悟はそこまでいらないのかもしれない。しかし、ヘンゼルはそうではない。まだ覚悟ができていない。ヘンゼルのシャツのボタンを外そうとする椛の手を、思わずはらってしまう。 「まだ、俺……」 「ごめん……でも、……兄さん。あんまり兄さんに辛い想いをさせたくないから、リラックスしてほしいから。ね、脱いで。肌で触れ合ったほうがいいよ」  椛は自分を救おうとしてくれている。その想いを無下にはしたくない。なにより、こちらだって椛を救うためにここに来ている。やるしかない。緊張に震える手で、ヘンゼルはボタンを外していく。空気が肌に触れ、冷たさを感じ、恐怖心が煽られて。なかなかボタンを外せない、弟に抱かれることが、どうしても怖い。 「……兄さん?」  動きを止めたヘンゼルに、椛が声をかける。それに弾かれたようにヘンゼルは顔をあげた。その声色に、どこか違和感を覚えたのだ。これから抱かれる兄を思いやる気持ちというよりは……ドロッとした醜いものを孕ませたような、そんな声。 「……それ、なに?」 「えっ」  椛の視線の先には――ヘンゼルの胸元に散る噛み痕と鬱血痕。普通に暮らしていてできるはずのない痕。それをみつけた椛は、勢い良くヘンゼルのシャツを掴んで、胸元を開いた。現れる、ゾッとするくらいにつけられた大量の痕。それが意味するものを、椛は当たり前のように察した。 「……誰かに……抱かれていたの?」 「……椛?」  ヘンゼルは、椛の表情に戦慄した。あまりにも、無表情だったのだ。発せられた声は彼にしては低く、ゾワリと全身をなでつける。 「兄さん……」  椛の心を蝕んだものは、暴れ狂うような嫉妬。  久々に見たヘンゼルは、なぜだか美しくみえた。ここでみてきた人間の誰よりも綺麗で、穢れのない……そう見えた。そんな彼が自分の兄であり、自分のものであるということに喜びを覚えた。それなのに、ヘンゼルは自分の知らない間に知らない男に抱かれていた。こんなにも大量の痕を残すような、激しい抱かれ方をしていた。その男は、自分の知らないヘンゼルの顔を知っている…… 「待っ……! 椛、」  椛は、衝動のままにヘンゼルを押し倒した。抱きたいとか、そういう想いではない、ただ、兄が自分から離れてゆくのが怖かった。ヘンゼルの全てを知りたい、全てを自分のものにしたい……溢れる情念が椛の身体を動かした。 「ここ……噛まれたとき、兄さんはどんな声をあげたの? ちゃんと……抵抗した?」 「……んっ……」  首にできた噛み痕に、椛が触れる。その瞬間、ヘンゼルの身体に電流のような刺激がはしった。変な感じだ。弟に押し倒され、見おろされ、そして抱かれた痕に触れられる。わけのわからない快感が、身体のなかに沸き起こる。 「ひっ……」 「……? 兄さん? ここ、もしかして感じるの?」  つうっと椛の手がヘンゼルの身体をなぞっていき……胸の頂に触れた時、ヘンゼルの口から小さな声が漏れる。その反応に不快感を覚えたのか……椛は反応を伺うように、両方のそれを指で引っ張りあげた。 「あっ……、やめっ……」 「兄さん……気持ちいいの?」 「ち、ちが……んっ、……」 「……ここ感じるなんて……相当ここ触られたんだね。どんな風に……? 兄さん、触られるたびに、どんな顔をみせたの?」 「あっ、あっ、……椛、やめろ、……だめ、」  椛の中に苛立ちが募ってゆく。兄のここを触った男がいる。ここを触られて乱れる兄を見た男がいる。……腹が立つ。その男はここをどんな風に弄ったのだろう。兄はここをどう触られると、どんな顔をするのだろう。全ての表情をこの目でみてみたい。その男に独占なんてさせたくない。  椛は思いつく限りの様々な方法でヘンゼルの乳首を弄ろうとした。乳輪ごと指の腹で掴んで引っ張り上げる、引っ張りあげたままくるくると円を描くように回してやる。埋め込むようにぐりぐりと押しつぶしやる、指で摘み上げてこりこりと揉んで、先端を指の腹でとんとんと叩いて。 「んんっ……ん、……ッ!」  びくびくとヘンゼルの身体が震えた。片腕で自分の口を塞ぎ、必死に声を堪えるヘンゼルの姿に椛は焦燥を覚える。いつもこうして声をださないようにしているのだろうか、いや、自分の前だから出したくないのか……それならば、許せない。声をきかせてほしい、他の男にきかせたその声を、僕にも―― 「あっ、ぁッ……」  椛がしつこく乳首をいじってくる。ヘンゼルは羞恥で泣きだしてしまいそうになった。弟のまえではずっと気丈に振る舞ってきたのに、こんな、まるで女のように胸で感じることを知られてしまって、恥ずかしかった。弟の目は完全に座っていて抵抗しても許してくれそうにない。きっと、おかしくなってしまうまでここをいじられてしまうのだろう。ズク、と下腹部が熱くなってくる。弟に下されているのだと、征服されているのだと……そう悟ってしまった瞬間に、全身が熱くなってくる。

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