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「兄さん……好き……」
「……」
唇を離せばつうっと銀の糸がひく。ぼんやりとした視界のなか椛が発した言葉の意味を、ヘンゼルはしばらく理解できなかった。椛はヘンゼルに抱きついた状態のまま、ピストンを始める。
「あっ……ぅ、あぁッ……!」
「こっちみて、兄さん、僕をみて……」
「あっ、あっ、あっ」
狂いそうなくらい気持ちいい。ヘンゼルはまるで自分のものではないような甲高い声に戸惑いを覚える。弟に好きなんて言われて、こんな風に犯されて、嫌なはずなのにものすごく感じてしまう。それはもう、異常なくらい。なにをされても、どこを触られても……身体は敏感すぎるくらいに反応してしまう。決して弟に恋心など抱いていない、自分にとっての一番はヴィクトールのはずなのに、そんな迷いすら吹っ飛んでしまうくらいにこのセックスは気持ちいい。突かれるたびに畝 るような快楽の波が下から押し寄せてきて、脳天を貫く。はしたないくらいの嬌声を惜しみなくあげてしまえば、おかしくなってゆく自分に酔ってゆく。
「あっ……! 兄さん、やぁっ! きつい、すごい、兄さんの、なか……あっ!」
感じているのはヘンゼルだけではなかった。椛もまた、初めての感覚に快感を覚えていた。ヘンゼルを突きながら、女のような高い声で啼く。奥を思い切り突けばヘンゼルの中はぎゅうっと締まってペニスを強く締め付けられるのだ。突くたびに襲い来る、腰が砕けるような快楽。無我夢中で腰を振って、そして椛は嬌声を撒き散らす。
「ぁんッ……! にいさん……! ひゃっ、あっ、きもちい、ッ……にいさん……あぁあっ!」
「あっ、やめ、ゆる、して……あっ、だめっ、なぎ、あっ……」
精液に濡れた胸がこすれ合う。涙と唾液でぐちゃぐちゃになったキスをする。醜いほどに快楽に純情な兄弟の交わり。理性を捨て去った、狂気すらも感じさせるそのセックスは、まるで動物の性交のよう。ベッドはギシギシと煩く軋み、行為の激しさは次第に増してゆく。
狂気すらも感じる……それを見ていたヴィクトールは目を瞠り、冷や汗をも流していた。タチとなる相手もドールとして敏感な身体を作られた人間、ドールのテストの時に二人でキャンキャンと啼きながらセックスをするというのは珍しいことではなかった。しかし、この兄弟は。おかしい、何かが普通ではない。ヴィクトールはヘンゼルとグレーテルをみて、そう思う。
「やぁあんっ、にいさ、んっ! あんっ、ぁあッ!」
「あっ、あ、ん、だ、め……ッ」
いつもは恥じらいながらも自分を求めてくれるヘンゼル。それが今やどうだ。弟に抱かれ壊れたように快楽に溺れている。抗いようのない強烈な快楽に為す術もなく屈服している。弟を相手にするとああなるものなのか……自分以外の男に感じているこのへの嫉妬よりも驚きが勝るほどに、ヘンゼルの様子はいつもとは違っていた。
「い、くッ! なぎ、……だめ、とめて……アッ、いくっ、イク……!」
かくかくと腰を振りながら、どろどろに蕩けた表情をしている椛。彼をみつめ、ザワリとなにかが胸の中で蠢くのを覚えて、ヴィクトールは息を呑む。あの少年がオカシイのだろうか、あの少年はなぜヘンゼルを狂わせることができるのか……
「あっ、なかっ……にいさん、なか、でるぅッ!」
「いっ、だめっ、なか、やだ……! ゆるして、なぎ、……あっ、イク、イクイク、や、あーー!」
ぎゅうっと椛の身体を抱きしめ、ヘンゼルは何度目かになる絶頂に達した。椛も同時にいったのだろう、身体を強ばらせたかと思うとぺたりとヘンゼルの身体の上に倒れこむ。
「兄さん……出しちゃった……」
「……」
「兄さんが……女の子だったら、僕の子供できていた、かもね」
椛はヘンゼルの下腹部に手を伸ばし、椛の精液が溜まっているだろう場所を手のひらで撫でる。そしてここに種付けをしてやったのだと、恍惚とした表情で笑う。
「お疲れ様、ふたりとも」
最後までいった、それを確認したヴィクトールは足早に二人のもとへ歩み寄る。これ以上ヘンゼルを触られるのは癪だったし、あまりこの兄弟を触れ合わせてはいけないような気がしたのだ。ヴィクトールはタオルで軽くヘンゼルの身体を拭いてやると、椛から取り上げて抱きかかえる。まだぼんやりと意識を保っていたヘンゼルは、自分を抱く男がヴィクトールでると気づくと、安心したように目を閉じた。
「グレーテルくん……君、ヘンゼルくんのこと抱いたのは初めて?」
「……そうですけど」
まるで椛とのセックスに慣れていたかのようなヘンゼルのよがりっぷりに、ヴィクトールは疑問を覚えていた。ヘンゼルを取り上げられてムッとした表情をした椛にヴィクトールが問いかければ、椛は体を起こしベッドの上に座る。
「……兄弟だから特別なのか、いや……」
「あの」
「なんだ」
「貴方、先ほど兄さんにヴィクトールと呼ばれていましたけれど……トロイメライの団長のヴィクトールですか?」
「……そうだけど」
椛はじっとヴィクトールの顔をみつめた。他のドールから聞いたヴィクトールの話、自分たちへの仕打ち……それらの非道と反する、ヘンゼルへの眼差し。この部屋に入ってきたときにみせたヘンゼルの、ヴィクトールへ心を許したような表情が思い出される。ヘンゼルを抱いた男の正体が、今目の前にいる男であると気付いた椛は、静かに吐き捨てた。
「……貴方に幸せな終わりなんて、絶対に訪れない」
その穢れた手で兄に触れるな、その穢れた心で兄を愛するな誑かすな。たくさんの人々を不幸にした者が幸福を望むことはなんて腹立たしい。椛の燃えあがる憎悪は冷たい言葉の刃となってヴィクトールに突き刺さる。
「……っ」
ドールにここまでの敵意を直接向けられてヴィクトールが抱いたのは、戸惑いだった。いつもはドールに敵意なんてむけられたところで、羽虫の羽ばたきくらいにしか思わず気にも留めない、または見せしめに惨殺でもしてやろうくらいしか思わないのに……椛の言葉にヴィクトールは酷く衝撃をうけた。ヘンゼルが何度も何度も、悪事を働いてきた自分に寄り添うことに苦しんでいたから。そして、苦しむ彼をみて、自分自身、苦しかった。しかしここまで大きくなった組織の頭を辞めることなど、そんな理由で叶うわけがない。今更辞めたところで罪を償えるわけでもない。椛の言うことはもっともで、自分のなか、どこかで常に思っていたことでもあったのだ。
「僕は……」
お互い苦しいのに、もうヘンゼルのことを手放せない。ヘンゼルが100回ショーで勝てばここを離れるというルールはあるが、それまではかなりの時間がある。せめて、それまでは夢を見ていたい。好きで、大好きでたまらないヘンゼルと一緒にいたい。自分勝手な彼への愛が溢れてしまう。
ヴィクトールは逃げるようにして椛に背を向けた。情けない、と思いつつも言い返す言葉がない。人を好きになると弱くなるな、と実感してしまう。
「……後に団員がくる。その人にシャワー室に連れて行ってもらうといい。君はまた、明日からドールとしていつも通りの生活を送ってもらう」
刺すような視線を背中に浴びながら、ヴィクトールは部屋をあとにした。
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