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「おいで、ヘンゼルくん」
日が昇り、シャワーを浴び終えたヘンゼルにヴィクトールが呼びかける。ソファに腰掛けるヴィクトールを背後の窓から差し込む白い陽の光が照らして眩しい。ヘンゼルが濡れた髪をタオルで拭きながらヴィクトールに近づいてゆくと、ヴィクトールが自分の脚の間をちょいちょいと指差して笑う。
「座って。髪拭いてあげる」
ヴィクトールの前まで来て、ヘンゼルははたと考えこむ。はやく、と急かしてくるヴィクトールにヘンゼルはふっと笑ってみせると、ヴィクトールの言葉を無視して彼に抱きついた。ちょっとした悪戯心だ。いつもこうして彼の言葉に逆らうことをしてやると少しだけ驚く声をあげる、ヘンゼルはそれが好きだった。
「あ、ヘンゼルくん、髪!」
「もう自分で拭いた」
「濡れているでしょ、髪の毛痛むよ」
「そんなのどうでもいい」
起き上がり、ヴィクトールを見下ろせば彼はやれやれといった顔で見上げてくる。髪から伝い落ちる水滴が落ちると、ヴィクトールはびくりと身動いだから、笑ってしまった。
「ヘンゼルくん、どうしたの? 甘えたい?」
「……うん」
「……髪、乾くまで……こうしていよっか」
ヴィクトールがヘンゼルの手を引いて、ソファの上に押し倒す。ヘンゼルがソファのアームの部分により掛かるような体勢になり、そこにヴィクトールが覆いかぶさった。ちゅ、ちゅ、とこそばゆい軽いキスを繰り返すと、ヘンゼルがくすくすと笑う。
「なんで笑うの?」
「……いや、甘ったるいなあって」
「甘い?」
「……ずっと張り詰めたような気分で今まで生きてきたから、こうやって気の抜けた朝を過ごすのは、初めてなんだ」
「……僕もね、こんなに人を好きになったのは初めてだよ」
きゅうっと胸が締め付けられる。恐らくそれは二人同時に。なに泣きそうな顔をしてるんだ、と相手をからかおうとしたら、自分の目頭が熱くなってることに気づき、また二人で笑う。誤魔化すように、合図もなく自然と唇を重ねて目を閉じる。
時計の振り子の音が心地好い、外から聞こえてくる鳥の唄はこんなにも美しかっただろうか、陽の光は暖かかっただろうか。
ぽろりと頬を伝った涙に、知ったことがある。人は幸せすぎると泣いてしまうのだと。
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