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【ウィル・マックイーン 12歳】
「よお、ウィル。今日も来てくれたんだ」
「うん。オーランドのギター、聴きたくて」
とある港町の入江、そこに座り込みギターを演奏する青年・オーランドの隣に、少年・ウィルは座り込んだ。夕刻、空が紅に濡れる頃。磯の香りを吸い込みながら、オーランドのギターを聞くことがウィルの日課となっていた。それは、ウィルにとっての何よりの楽しみで、とにかくオーランドのギターが大好きだった。
「なあ、ウィル」
「うん」
「こうして、地平線をみつめながらギターをかき鳴らしていると……俺の音がどこまでも響いていくような気がするんだ。あの地平線の向こうまで、ずっと、ずっと」
「……そうだね」
「いつか……音だけじゃなくて、俺自身も。あの奥までいってみたいなって最近思う」
海を見つめながら語るオーランドを、ウィルはぼんやりと見つめた。海の煌きが反射した瞳が、きらきらと眩しい。夢を語る彼は……どこまでも、輝いていた。きゅっと胸を締め付けられる、そんな甘酸っぱい想いが、ウィルのなかに沸き上がってくる。
「ウィルは……いくんだよな、あの海の向こうへ」
「……うん。もうじき、士官学校へ通って……海軍にはいるんだ」
「いいな。お義父さんも、海兵さんなんだよな。父親の背中を追うのって、かっこいいと思う」
「そう? ……でも、たしかに俺はお義父さんに憧れているんだと思う。あのとき、俺を救ってくれたお義父さんは……誰よりも、かっこよかった」
――ウィルは、昔、波に呑まれ知らない島へ流されてしまったところを、海兵である現在の義父に助けられた。義父は日焼けで真っ黒な肌に豊かに髭をたくわえた強面で、初めてみたときは海の悪魔がやってきたのかと思った。しかし、瀕死だったウィルをみたとき彼は、必死の形相で命を救おうとしてくれた。意識を失い、再び目を覚ましたとき――涙ながらに笑った彼は、ひどく優しい顔をしていた。
そんな義父の養子となったのは、数年前。溺れたショックで名前以外の記憶を失ってしまったが、ウィルは幸せに暮らしていた。彼の住む町で暮らすようになってしばらくしてから出逢ったのが、オーランドである。ふらふらと入江で散歩しているときに、潮風に吹かれながらギターを弾いていた彼に――目を奪われた。ウィルは、そのときからオーランドに、幼い恋心を抱いていた。彼とあれをしたいこれをしたい、そんなことはわからなかったが、寄り添って彼のギターを聴いていたいと、そんな想いを抱くようになった。
「……!」
オーランドの弦を弾いていた指が止まる。なんだろうと思って彼をみつめれば、驚いたような目でこちらをみていた。
「……唄」
「え?」
「今、ウィル、唄を歌った?」
……歌っていただろうか。あまりにもオーランドのギターが心地よくて、無意識にオーランドの慣らす旋律にのせて鼻歌を歌っていたのかもしれない。彼の演奏を邪魔してしまったことが申し訳なくてウィルがしょげていると、彼は嬉しそうにウィルの肩を叩いてきた。
「綺麗な声してんじゃん、ウィル」
「は!?」
二カッと太陽のように笑うオーランドに自分の声を褒められて、ウィルは心臓をノックされたような感覚に息を詰まらせた。なぜだか急に恥ずかしくなって、ウィルは顔を真赤にしてうつむく。そんな様子をかわいがるようにオーランドはウィルの頭をくしゃくしゃと撫でた。オーランドはウィルの3つ年上である。弟のような感覚でやっているのだろう。
「歌ってみてよ、俺のギターにあわせて」
「えっ、いや、無理、! 歌うなんていっても歌詞もなにも浮かばないし……」
「適当でいいからさ、そんなの! な、ウィル! お願い! 俺、いまのウィルの歌った声、すっごく好き」
「……っ」
あまりにもストレートに「好き」と言われて、ウィルは頭が真っ白になってしまった。声のことを言われているというのはわかるのだが、あまりの嬉しさに泣きそうになってしまう。淡い恋が、色付いてゆく。大好きなオーランドのギターと、自分の声が溶け合ったら、どんな響きを生み出すのだろう。
「……わ、かった」
「ほんと!? じゃあ、適当でいいから! ラララとかでもいいからさ、さっそく」
ウィルのギターが軽やかな音を奏でる。どのタイミングで唄をいれればいいんだろう……そう思ってオーランドの顔を伺うようにちらりと遠慮がちに見つめてみれば、オーランドが口パクで「せーの」と言う。意を決して、震える声でウィルは唄を紡ぎだす。
(……すごい)
自分の唇から流れて来る声が、まるで自分のものではないようだ。オーランドのギターの音色と混ざり合って、まったく別物の響きを生み出してゆく。身体の芯が震えるような……そんな感動。二乗三乗と、歌うほどにその音は艶やかに輝いてゆく。
……もっと唄がうまくなったら、また彼と一緒に歌いたい。彼のギターに追いついたなら、ずっと、彼の側で……
「あ……!」
甘い音に酔っていたウィルは、は、とあることに気づき弾かれたように立ち上がった。太陽が、地平線に沈みかけている。
「……ごめん……俺、帰らないと……」
「あ、もうこんな時間か」
ゆらり、朱に染まりかけた海をみて、オーランドは残念そうに笑う。ウィルは、いつも日没前に帰っていた。ウィルはまだ12歳の子供であるため、夜になる前に家に帰って来いと親に言われているのだろうと、オーランドが引き止めることはない。
「なあ、ウィル。明日からは一緒に歌ってくれないか」
「え……」
「すごく、良かった! ギター弾いていても気持ちいいし、なんだか……えっと、言葉にするのは難しいけど、心の中がワッて騒ぐような、そんな感じがしたんだ。だからウィル、お願い。明日からもまた、一緒に歌ってよ」
きらきらとした瞳で、オーランドが見つめてくる。かあっと頬が火照ってきてしまう。嬉しくて、嬉しくて、叫びたくなるような衝動をぐっと抑えて、ウィルは小さく頷いた。
「……うん。明日からも」
「やった! すっごく嬉しい」
ウィルは帰り道、足元がふわふわとしておぼつかなかった。心が踊っていた。一人でにやにやとしては、誰かとすれ違うときににやけを抑えるのに必死だった。大好きなオーランドと一緒に歌える。オーランドが自分の声を好きと言ってくれる。それだけで、世界がきらきらと、輝いているように感じられた。
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