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【ウィル・マックイーン 14歳】
「とうとういっちゃうんだな、ウィル」
「……うん」
「ここに帰ってくるのいつになるの?」
「……わからない」
ウィルが町から遠く離れた士官学校へいく、前日。いつものように入江で、オーランドとウィルは座っていた。相変わらずの美しい海。ここから眺めることができるのも、しばらくないと思うと寂しくなるが……なによりもウィルが辛かったのは、やはりオーランドとの別れだった。
あの日から、毎日のように一緒に歌っていた。その時間が、一日のなかで一番大切で……幸せだった。
「……オーランド。これからも、ギターを弾いていて。俺、歌っているから。海が俺たちを隔てていても、そうしていればきっと……」
もしも叶うなら。いつかこの町に戻って来た時に、今までのように一緒に歌いたい。たとえ大人になっていても……きっと、オーランドへの想いは変わっていない。彼のギターが好き、彼と歌うのが好き、彼のことが好き。淡い恋心は、いつのまにか切なさに身を千切られるほどの、苦しいものになっていた。ウィルにとって、オーランドが初恋の相手だったため、この想いをどうすればよいのかわからない。胸が痛くて痛くて、今にも泣いてしまいそうで……ウィルはきゅっと唇を噛む。
「……ウィル、あのさ」
「うん」
「ずっと、黙っていたことがあって」
ふと、オーランドが改まったように言う。夕日で紅く染まった顔が、色っぽいなんて、子供ながらに思ってどきりとしてしまう。
「……俺、ずっとウィルのこと、好きだった」
「……え?」
漣の音が消え去った。一瞬オーランドは何を言ったのかと考えて……反芻して、答えに辿り着いて……ぶわっと体温が上昇する。
「いや……えっと、友達って意味で?」
「……違う」
「……んっ、」
好き、と言っても自分がオーランドに抱いている好きとは違うだろう……その問いを発せれば、ぐい、と頭を掴まれた。そして、そのまま唇を奪われる。
「……、……ッ」
頭が真っ白になる。ずっと好きだった人に……キスをされている。嬉しさよりも先に驚きがきてしまって、唇の感覚が麻痺してしまっている。事態を飲み込む前に、オーランドの唇が離れていってしまって、それでもウィルはぽかんとしたままだった。
「……こういう意味の、好き」
オーランドの言葉に、熱が混ざっている。心臓をぎゅっと掴まれたような感覚を覚えて、ウィルはぴくりと身じろいだ。
正直、この恋は叶わないと思っていた。年上であるオーランドは自分のことなど弟くらいにしか思っていなくて、ましてや同性愛者というわけでもない同性二人が両想いになる確率はほとんどない……そう思っていた。彼は自分の知らないところで美しい娘と会っているのだろう、そんな諦めにも似た考えすら抱いていた。だから、今の状況が信じられなかった。オーランドが、自分を好きだなんて。……両想いだったなんて。
急に嬉しさがこみ上げてきた。体中が熱くなって、くらくらしてきてしまう。どくどくと全身が心臓になったような感覚、耳が遠くなって世界から音が消えてゆく。
それでも、ウィルはなんとか絞り出した。震える掠れ声で、自分でもよく聞こえないような声で。
「……俺も、オーランドのこと……好き」
どんな、表情をするのだろう。怖くなってちらりと彼の顔を伺えば、オーランドは優しげに瞳を細めていた。「わかっていたよ」、そう言っているみたいで、きゅうっと胸が締め付けられた。
「……ウィル、もう……会えないかもしれないんでしょ」
「……そんなこと、」
「ねえ……」
切なげにオーランドは笑う。そんな彼の表情に目を奪われていると、軽く肩を押された。瞬いている間に世界がくるりとひっくりかえり、背中に地面があたる。押し倒されたのだと気付くのに、少し時間がかかった。
「お願い……ウィル。ずっと、俺ウィルのこと好きだった。年下だからなかなか言い出せなくて……でも、本当にずっと好きで……出逢ったときからウィルのことで俺の頭はいっぱいだった、おまえのことばっかり考えていた。このまま別れたらこの想いの行き場がなくなって、俺、おかしくなりそう……お願い、俺と、セックスして」
「セッ……」
ウィルはオーランドの言葉に目を見開いた。まだ14歳であるウィルはセックスという言葉すら、知ったばかり。ずっと大人の人達がするイケナイことという認識が強くて、まさか自分がそれを迫られる立場にくるとは思っていなかった。だから、それにすぐに頷くことができなかった。
しかし、オーランドのじっと熱を汲んだ眼差しで見つめられて、身体が熱くなってくる。彼とは、大人になってからまた会えるという保証はない。ここでしなければ……せっかく想いが繋がったのに、二度と彼とひとつになることはできないだろう。
嫌というわけではない。未知の行為が、怖いだけ。本当は、彼に触られてみたい。むしろ……こっそり、彼を想いながら自慰をしたことだってある。だから、初めて身体を許すのは、オーランドがいい……ウィルのなかで、想いが固まり始まった。
……抱いて欲しい。初めてを、初恋の人にもらって欲しい。
「……オーランド……」
「……うん」
「……いいよ……」
夕方の入江は、少し寒い。キスをしながら服を脱がされてゆくと、潮風に肌を撫ぜられて僅かに鳥肌がたった。こんな行為はウィルにとってもちろん初めてで、何をしたらいいのかわからない。ただ縋りつくようにオーランドの服を掴んで、キスに必死で応えて。慣れない熱に酔って、くらくらとしてくる。
「ん……」
この時間は、人がいないらしい。かもめの鳴く声と、海の漣――それだけが響くこの場所に、自分の甘い声が溶け込んでゆく。磯の香りが鼻を掠めた。眩しい……幸せで純粋な思い出を過ごしたこの場所で、大人がすることをやっている。言葉で表すことのできない郷愁感に、胸がズキンと傷んでゆく。
それでも。オーランドのに身体を触られることが、嬉しかった。全身にたくさんキスをしてもらうと、むず痒いような、それでいて暖かいような……不思議な気持ちにとらわれる。恥ずかしさに火照ってゆく肌を、冷たい風が冷やしてくれて気持ちいい。
キスの雨に耽って、少しずつ息があがってゆく。下衣を降ろされるときは流石に抵抗を覚えたが、オーランドとひとつになりたい一心でぐっとこらえた。ドキンドキンと高鳴ってゆく胸は、恐怖よりも期待が勝 っているに違いない。
「あ、……」
たちあがったものを弄られながら、これからオーランドを受け入れる場所を指でゆっくりとほぐされた。好きな人に触られているというだけで、下腹部がじんと熱くなってゆく。先走りが溢れてくると、ぬるぬるとした感触を感じて、悪いことをしているような気分になった。でも、それが気持ちよくて、初めて後ろを弄られるというのにあまり痛みを感じないでいられた。
「ウィル……俺……今、すごく幸せ」
「……俺も……」
時間をかけて、十分にそこをならして。しかし、ひとつになるときは流石に少し痛みを感じた。でも、ゆっくり、ゆっくりとオーランドが腰を進めてくれたおかげかなんとか最後までなかにはいる。その瞬間に二人で同時にほっと笑ってしまって、少し恥ずかしかった。
「俺……ずっと、音楽はやめないよ。だから、もしもウィルがここに帰ってきたら……また、一緒に歌って欲しい」
「……もちろん。俺はずっと、オーランドのために、歌っているから……」
「うん……!」
ぎゅっと抱き合いながら、腰を動かした。潮風の冷たさも感じないくらいに、熱い。初めてだったため少し異物感を覚えたが、それもオーランドのものなのだと思うと、幸せだった。
いつか……大人になったとき。きっと自分は海兵となっているだろうが、オーランドは何になっているのだろうか。もしもまた出逢えたら、本当に、一緒に歌って欲しい。この場所で。貴方と一緒に思い出をつくった、この海の見える場所で。
「オーランド……ずっと……ずっと、好き。絶対忘れない……だから、約束して。ギター、やめないで」
「うん……もちろん。ウィル……愛してる」
日が沈む。もう、別れなければいけない時刻だ。吐精したあとも、二人はぎりぎりまで抱き合っていた。
身体だけでもなく、心だけでもなく。海と、音で繋がっている。だから――この想いは永遠だと、信じていた。
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