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【ウィル・マックイーン 22歳】 「マックイーンです。失礼します」  海軍基地のバウスフィールド准将が構える部屋に、一人の青年が入室する。海軍の制服を纏った、凛々しい青年――ウィル・マックイーン中佐である。士官学校を卒業して数年で中佐の地位までのぼりつめたウィルは、一軍艦の艦長の役割を与えられるようになっていた。今回は担当地区が変わるということで、バウスフィールド准将にその件について詳しく聞くことになっているのである。  少々の世間話を交わしたあと、バウスフィールドは少し困ったように眉を寄せた。一枚の紙をとりだし、それを眺めながら唸る。 「マックイーン中佐。君の担当する地区に……非常に危険な海賊がいてな」 「海賊……ですか。危険、というと」 「いくつもの村を攻め滅ぼした……凶悪な海賊団だ。軍艦も二隻沈められている」 「二隻!?」  海賊が、訓練を積んだ海兵を攻めて勝利するというのは……あまり多い事例ではない。相当な手だれだろうと、ウィルは身を引き締める。 「この海賊旗を掲げている海賊船があったら注意しろ」 「はい」 「そして、船長の名前――彼が非常に残虐な男だと言われていてな、」  一枚の写真を受け取りながら、ウィルはバウスフィールドの話に耳を傾ける。艦長として……大勢の海兵の命を引き受けることになる、と写真にうつる海賊旗を凝視する。もしも航海中にみつけたら、海兵として見逃すわけにはいかないが、闇雲に攻めれば返り討ちにあう可能性がある。しっかり対策をたてる必要がある、と考えているウィルの耳に、信じられない言葉がはいってくる。 「船長の名は――オーランド・ノースブルック。歳は見た目……25前後だと言われていて、」 「……オーランド?」  オーランド・ノースブルック。同姓同名でなければ、初恋の相手の、彼である。ウィルは引きつった笑みを浮かべながら、バウスフィールドに尋ねる。 「……その、オーランドがいくつもの村を攻め滅ぼしたって? 何人もの命を奪ったということですか?」 「そうだ。しかも殺し方も酷いもので……その遺体は、とても直視できる状態じゃなかったと言われている」 「……本当、ですか?」 「嘘を言ってどうする」  目の前が、真っ暗になったような気がした。幼いころの思い出が音をたてて崩れてゆく。音楽が好きで……それで、海に出たいと彼は言っていなかったか。もしももう一度出出会えたら、一緒に歌おうと、彼は言わなかったか。……あのとき彼は……約束してくれなかったか。  結局、信じていたのは自分だけだったのだろうか。ずっとずっと、純粋に彼を好きだったのは……。  身が裂かれるような悲しみが、ウィルを蝕んだ。なぜ、そんなことをしたのか……わけがあるんじゃないか……だって、彼は……。色々と考えてみるが、なにか答えがでたところで、自分は海兵だ。彼を―― 「……失礼しました。必ずや――オーランド・ノースブルック率いる海賊団を討ってみせます。海の、平和のために」  ――彼を、殺さなくてはいけない。

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