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*** 「椛……これは、」 「動いたら撃つように言われているので」  昼もすぎ、眩いほどの太陽が照るころ。ウィルは甲板まで連れだされて、縛られ座らされていた。隣には椛が立っていて銃を持っている。しばらくそうしていても何かされるというわけでもなく、ウィルはしびれをきらしはじめていた。 「……あのさ、椛ももしかして人魚の呪いってやつを受けているのか?」 「……船長さんからきいたんですか。そうですよ、僕も同じです」 「……で、その声が綺麗だからこの船にいるようになったのか」 「違いますけど」 「えっ……じゃあ、普通に海賊としてこの船に?」 「それも違います。貴方のせいですよ、僕がこの船にいることになったの」 「俺の……?」  椛の言葉にウィルが驚いていると、なにやら辺りが騒がしくなってきた。何事かとウィルが周囲を見渡すと……なんと、ウィルの部下たちが海賊に連れられてやってきたのだ。 「マックイーン中佐……!」  現れたのは、ウェンライトをはじめとした海兵5人。皆ウィルの無事を確認するなりホッとしていたが、これから何をされるのかという恐怖に苛まれているようだ。鎖で繋がれ引っ張られるようにしてウィルの前までやってくると、転がされる。 「ちゃんと、今日のために生かしておいたんだ」 「……オーランド」  オーランドがウィルの後ろから肩を叩いてくる。振り向いてその表情をみたウィルは、ゾクッと背筋に寒気がはしったのを感じた。どこか……正気を失ったような眼差し。 「これから、なにを」 「言っただろ? 人魚の呪いに蝕まれた者は、悦と悲劇を得ることによって声がさらに美しくなる」 「……え?」 「ウィル……おまえにとっての悲劇は……これで間違いないな」  口角が勝手に上がった。オーランドの言葉とこの状況から導きだした答えが、冗談だと信じたかった。 「おい……馬鹿なことはやめろ……」 「ウィル……もっと美しい声を聞かせてくれよ」 「待て……『悦』さえあれば十分じゃないか、いいだろ、俺はもう抵抗しない、だから……!」 「うわ、何をするんだ!」 「――!?」  小さな悲鳴が聞こえウィルが振り向くと、転がされた海兵たちが、海賊に酒をかけられていた。全身を濡らすほどの大量の酒をかけられ――そして、側に立っていた男がポケットからマッチ箱を取り出した。 「や、め――」  火の着いたマッチが、海兵たちのもとへ、投げられる。アルコールで濡れた彼らを、炎はあっという間に包み込んだ。 「……ウィル、さん……! ウィルさん!」  炎のなかから、自分を呼ぶ声が聞こえる。黒く、炭と化してゆく彼らが、本当に自分の部下だと信じたくない。 「助けて……熱い、熱い――!!」  ウィルは制止の声をあげながら立ち上がろうとしたが、椛とオーランドに押さえつけられてそれは叶わない。やがて断末魔の叫びが耳を貫く。人のものとは思えない凄惨なその声に、ウィルは悲しさよりも恐ろしさを覚えた。勝手にこぼれてくる涙が、死にゆく彼らが自分の部下なのだと心が認めている証拠だった。  声も途絶え、炎に水がかけられる。姿をみせた死体は、どろどろに溶けた皮膚のせいで誰が誰だかわからない状態となっていた。 「……あ」  あまりの衝撃に、死んだ彼らとの思い出が、ウィルの頭から吹っ飛んだ。しかし――突然、嘔吐感がこみあげてきて、ウィルはその場で胃液を吐いてしまう。自分の名前をずっと呼んでいた、ほんのすこし前まで一緒に過ごしてきた仲間が火に呑まれて死んだ、自分はそれを見ていることしかできなかった――様々な想いが一気にこみ上げてきて、ウィルは咳き込みながら涙を流す。  なんで……なんでこんなことに。まさか、部下を捕らえていた理由は、『人魚の呪い』の『悲劇によって声を美しくすることができる』を実行するため? たったそれだけの理由で……こんな残酷なことを、オーランドは…… 「おまえ……なんで、……なんで!」  ウィルは泣きながら叫ぶ。拘束されていなければ掴みかかっていたところだ。  なぜ、オーランドはこんなふうになってしまったのか。残忍な行為をいともたやすく働いてしまう。「嘆きを得るため」と彼は言っていたが、それはおそらく人魚の呪いのこと。しかし、元々普通に生きていた彼が、それだけのために大量虐殺をできるようになるのか。 「俺の……仲間だぞ、おまえは、なんでそんな平気な顔をして殺せるん――うっ」  怒りのあまり怒鳴り散らすウィルの口を塞いだのは――椛だった。ウィルの口に銃口を突っ込んで、じろりと見下ろしている。 「うるさい。少し黙ってください」 「……っ」  また、こいつ。何を考えているのかわからない椛に、ウィルは少し苦手意識を持っていた。こんなわけのわからない奴に、黙れと言われる筋合いはない。ウィルは勢い良く首を振って、銃口を吐き出す。 「おまえは首を突っ込むな! 関係ないだろ!」 「……関係ない?」  ウィルが言葉を吐いた瞬間、椛の瞳にチラリと怒りが灯った。椛はウィルの服の衿を掴むと、そのまま勢い良く引っ張り歩き出す。突然そんなことをされたものだからウィルは体勢を崩しそうになってしまったが、なんとか立ち上がって椛についてゆく。船員があまり群れていないところまで連れて行かれたところで椛はようやく振り向いた。 「……ウィル。ひとつ、言いたいことがあるんですけど」 「……なんだよ」 「……この世の中、知らなかったですむことばかりじゃないんですよ」  ぐ、と銃口を腹に突きつけられて、ウィルはたじろいだ。何から何まで、わからない。しかし何か言葉を言い返せば、引き金をひきかねない椛の表情に、ウィルは黙りこくるしかなかった。 「……人魚の呪いについて……この海賊たちが知らないこと、教えてあげましょうか」

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