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じっとウィルを見つめる椛の視線は、怒りと、それから悲しみのような色を汲んでいた。なぜそんな目で見つめられているのか……ウィルにはどんなに考えたところで、わからない。
「ウィル……異様に自分がモテるって感じたことありません?」
「えっ?」
「正直に。からかいで言っているんじゃありません」
「……えっと……ない、……ことは、ない」
「でしょうね」
自惚れたくはないため肯定したくなかったが……事実である。皆が皆同性愛者というわけでもない海軍のなかで、ウィルはいつも熱い眼差しを周りから向けられていた。命の危機に晒される状況に置かれると、人はたとえ同姓であっても好意をいだいてしまうようになるとはいうが……あそこまで浮かれた雰囲気が基地のなかにいつも漂っているのは、おかしいと思っていた。しかしそれが……今、なんの関係があるというのか。ウィルは疑うように椛を見つめる。
「原因は、貴方の声です」
「声?」
「マーメイドの、声」
「……呪いのせいで美しくなるとかいう? ……でも、それだけで」
「呪いにかかった人の声は……人間を狂わせるといいます。その声を持つ人をなにがなんでも手に入れたいと思うようになり、人間が誰しも持つはずの倫理観を失い、たとえ他人を傷つけても、殺してでも……本人を傷つけてでも、独占したいと思うようになるんです」
「……は、」
何を言っているんだこいつは。反射的にウィルはそう思う。しかし、その言葉は、今までの出来事の理由を説明することができた。ウェンライトが無理やりウィルを抱いたこと、オーランドがウィルに『悲劇』を与えるために海兵を虐殺したこと。もしも、呪われたウィルの声に魅入られていたというならば――それらの行動にも、納得ができた。
「だから……呪いをうけた者は、なるべく声をださないようにって、注意しなければいけないんですよ。それなのに貴方は、記憶を失って自分が呪いにかかっているとわからなかったからって……」
「そんなこと、言われても……」
「……貴方のせいで、僕の町の人間が……全員殺されたんですよ」
「え……?」
糾弾するような眼差し。今まで会ったこともない彼が、なぜそんなことを言うのか。
「貴方……昔から船長さんとお知り合いみたいですけど、ずっとその声を聞かせていたんでしょう? 船長さんはずっとずっと貴方の声を忘れることができず――航海の途中で偶然知った人魚の呪い、それによってより貴方を魅力的にできるのだと、その想いにとらわれました」
「……」
「ただ、やっぱり呪いなんて不確かなものを、すぐには信じることができず……同じ呪いを受けている僕を使って実験したのです。同じ町に生きる人々を惨殺し、僕へ『悲劇』を与え……確かに僕の声が変化したことを感じ取ると、貴方を探すようになったんです。元々船長さんは、優しい方でしょう? あんなに音楽を愛する人もなかなかみません。でも、貴方が自分の呪いを自覚することもなく声を聞かせ続けたせいで狂気にとらわれ、人を殺すことに抵抗感すら覚えない……そんな風になってしまった」
「……え、ちょっと、まてよ」
准将からきいていた、港町の人々の惨殺事件。それは、人魚の呪いを確かめるためのものだった。――ウィルを、再び手に入れたときに声を美しくさせるために。
「だからウィル、呪いを受けた人は声をだしてはいけないのに。呪いを受けた者は呪い受けた者同士でしか愛しあうことは許されないんです。同じ呪いを持つ人には、狂気を引き出す声が通用しないから――」
「俺のせいで、オーランドが、」
「ちょっと、きいてます!?」
オーランドは変わってしまったのかと思っていた。ずっと彼を信じていた自分が、裏切られたのだと。でも……そうではなかった。オーランドが残忍な行いをするようになったのは……自分のせいだった。たくさんの村の人々の命が奪われたのも、部下が死んだのも。すべて――自分のせい。
「おい、いたいた、ウィル!」
後ろから話しかけてきたのは、オーランド。つい先程海兵を焼殺したとは思えない、カラッとした表情でいる。
「……オーランド、」
声が、震えた。
海軍という立場も、大切な部下も……オーランドに奪われたと思っていた。でも、違う。彼から全てを奪ったのは、自分。人間らしさを奪い、人生を奪い、……彼の全てを狂わせた。
「……オーランド……どうすればいい……?」
「ウィル?」
ふらふらとウィルはオーランドに近づいていき、彼の目の前でガクリと崩れ落ちた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「おい、どうした……」
「俺は……オーランドに、絶対に赦されないことを……」
「何言ってるんだよ、ウィル」
「もう、殺してくれ、……ごめん……オーランド……ごめんなさい」
どんな謝罪だって、足りない。何をしたって、赦されない。取り返しの付かないことを、してしまった。オーランドを壊してしまった。
赦されるなら、なんだってしたい……
「……何を、そんなにおまえは」
「俺は! おまえから全て奪って! だから……!」
「……よくわからないけどさ……ウィル。俺にそんなに罪悪感もってるんだ」
「……罪悪感なんて、そんな軽いものじゃあ……」
「もし……おまえが俺に何かをしたんだとして。それがどんなにひどいことでも……俺はおまえを許すよ。おまえが俺のものになったのなら」
「え……」
ゾワリと地を這う蛇のような。そんな声。本能的な恐怖を覚えたが……どこか心地好いその声に、ウィルは瞠目する。
「ウィル……なあ」
「……オーランド、」
「恋人なんてそんな浅い関係じゃない。おまえの全てを俺にくれよ。この世界のなかで、俺だけをみろ。俺のためなら人を殺して、世界を壊して……なんでもできるくらい。全部全部、おまえの全部を俺にくれ」
「……ウィル、」
二人の会話を聞いていた椛が、思わず声をあげる。危険だ、このままだと、二人が壊れる――そう思ったのだろう。しかし、ウィルは椛の声など聞こえなかったのか、俯いて、くつくつと笑い出す。さっきまで、部下の死を嘆き自分の罪に喘いでいた――それが嘘のように。
「オーランド……おまえだけを見ろって……? じゃあ……おまえも、俺だけをみてくれる? 俺を一番にしてくれる?」
「俺は初めからおまえのことしか、みていない」
「……はは――嬉しい。すごく、嬉しい。俺の世界……全部、おまえだけ……」
泣きながら笑ったウィルの表情に……椛は寒気を覚えた。正気の顔じゃない……
恐ろしくなって、椛はその場を離れてゆく。いつかの――幼いウィルの笑顔を思い出し、胸が締め付けられた。
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