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「……は?」
ちゅんちゅんとスズメが鳴いている。少年は寝起きでぼんやりと定まらない視界のなか、天井を呆けながら見上げた。
「え、……夢、……夢。うん、夢。何今の、ありえない、なんで群青と、」
今の今までみていた夢。それがあまりにも衝撃的すぎて、少年は動揺していた。夢なんかにそんなに動揺する必要はないのだが……なにせ登場していた人物が悪い。自分を抱いていた男――群青は、……
「おっはようございますー! 椛様! 起きてくださーい!」
「う、うるさっ」
「あれ、起きていらっしゃいますの!? 椛様が、ご自分で!? まあ、お赤飯たかなくちゃ!」
夢について悶々と考えている少年――椛を叩き起こしにきた少女は、すでに自ら目を覚ましていた椛をみて、驚いたように頬を紅潮させた。少女の名前は紅 。椛の家の召使である。
「椛様椛様。ご自分で起きられたご褒美、いりませんか?」
「いらない」
「そんなことおっしゃらず~!」
ふふ、と紅は笑って椛ににじり寄ってきた。椛の体にかかっている布団の上にのしかかってきて、自分の胸を押し当てるようにして椛に抱きつく。そして、自らの唇を椛のそれに押しあてようとしたところで――椛に押し返される。
「んもー! そんなに私の事拒否していたら、違う殿方のところにいっちゃいますよ~? 私、猫ですもの」
「ちゃんとうちに戻ってくるならお好きにどうぞ」
「やだ~! それって、絶対私を離さないってことですか~!? 椛様~一生お側にいます!」
「ちゃんとした会話がしたいかなあ、僕」
紅のさらさらの髪が首にかかってくすぐったい。椛ははいはいと彼女を撫でつつも、そろそろ布団を出たいんだけど……と心のなかでため息をついた。
そんなとき。開け放たれた襖から、一人の青年が顔をのぞかせる。この国では珍しい金色の髪をした、背の高い青年。
「おい、紅」
「……チッ、群青。なんのようかしら」
「醤油買っておけっていっただろ。足りねえんだけど」
「えっ! そうだったっけ」
「おまえのだけ煮物、量少ないからな。味薄くならないように全体的に少なくつくったから」
「え~!? ひどい! あんたのを減らせばいいじゃない!」
「おまえが悪いんだろ!」
その青年の名は――群青。椛の夢の中にでてきた人物だ。
群青は、紅と同じく椛の家の召使。紅に文句を言いにきたのか不機嫌な顔をしていた。
ドキリとする。嫌な胸のざわめきだ。つい先ほど彼に抱かれる夢をみていた。絶対にありえない夢だ。だって彼は……
「……」
群青が椛をちらりと見つめる。ゴクリと唾を飲み込む音が、自分のなかで異常に響く。
「さっさと着替えろよ。飯が冷める」
「あっ……はい」
冷たい群青の視線が、椛を刺した。群青はめんどくさそうにため息をつくと、そのまま背を向けて去って行ってしまう。
……そう、群青は椛のことを嫌っていた。どうやら群青はこの家の召使を無理矢理させられているらしく、この家の者を全員嫌っていた。召使のわりには先の通り態度も悪い。そしてそんな冷たい態度をとってくる彼を、椛も好いていなかった。だから、あの夢のようなことは断じてありえない。なぜあんな夢をみてしまったのかも、わからない。
「んんー? 椛様? どうなさいましたか? ぼーっとしちゃって」
「……僕って欲求不満なのかな」
「……はっ!?」
なるべく顔を合わせたくないが、学校までの送迎は彼がする。気まずいな……と憂鬱な気分を抱えながら、椛はゆっくり布団から這い出た。
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