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*** 「なあなあ、知ってる?」  授業の合間の休み時間。近くにいた生徒たちが、楽しそうに話していた。いつもなら椛も混ざって話していたりするのだが、今日はあまり気分がのらない。席につきながら、ぼんやりとその話に耳を傾けていた。 「最近、行方不明になる子供がいるっていうだろ?」 「ああ、怖いよな」 「あれ、神かくしにあっているらしいぜ!」  ……神かくし。異世界の住人が、人間をどこか違う世界へ連れ去ってしまうという――迷信。そんな不可思議な現象を、彼らは信じたりしなかった。言い出した少年をバカにするように笑っている。椛も、あまりその類の話は興味がなかった。群青や紅という妖怪が身近にいるのだから信じていないというわけではないが……霊現象に巻き込まれたことは一切ない。触れぬ神に祟りなし。変に気にする必要などない。 「いやいや、まじだって! ばあちゃん言ってたもん!」 「へえー」 「あそこのさ、朱坂神社ってあるだろ。あそこの鳥居の前で『花いちもんめ』の歌を歌うと、妖怪にあの世に連れていかれちまうらしいぜ!」 「『花いちもんめ』? 遊ぶときに歌うやつ? なんで?」 「あの歌ってさ、身売りの歌らしいよ。あの歌を歌って、妖怪を呼び出すと……花一匁(匁は花の単位である)でこの世からあの世に買われちまうらしい! 実際、鳥居の前には花弁が落ちていて、その日に子供が行方不明になっているんだってさ!」  ひえ~、と彼らは騒ぎ出す。馬鹿馬鹿しい……そう思いながら、椛は顔を伏せた。誰が攫われると知りながらそんな唄を歌うんだ、好奇心旺盛なバカな子供がするのだろうか。椛には遊び半分でそのようなことをする人の気がしれなかった。 「でもさ、攫われるって知りながらそんなに何人もやるか? 行方不明者結構いるじゃん?」 「なんかさ、あの世ってすごくいいところらしいよ。極上の幸せを得ることができるんだ」 「へえ、極上の幸せね! いいじゃん、こんなつまんねえ勉強ばっかりしているより、あの世で遊びほうけたい!」 「……じゃあさ、やってみない? 時刻は丑三つ時って決まっているらしいけど」 「面白そう! やろうぜ、やろう!」  わっと盛り上がりだす彼ら。椛は、本当にやるんだ、と内心冷やかに思いながらも、そばで友人たちを誘い合って計画をたてている様子は、正直気になった。誘われたら断るつもりではいたが、声だけでもかけて欲しい……そんな風に思っていると。 「ねえ、宇都木くんもさ、一緒にどう?」 「……、あ、僕は」 「待てよ、宇都木くんのうちは厳しいんだぜ? 丑三つ時になんて集まれるわけないじゃん。なんたって宇都木家だもん。ごめんな、宇都木くん、変なのに誘って!」 「え、」  ここでも「宇都木」。せめて自分の返答を聞いて欲しかった。「宇都木」だからと決めつけないで欲しかった。 「……」  また椛を置いて詳しい計画をたて始めた彼ら。今度こそ椛は完全に顔を伏せ、視覚も聴覚も遮断した。もやもやと心のなかに広がる霧が、鬱陶しかった。

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