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*** 「――椛」  群青が部屋の中に入ると、椛は布団をすっぽりとかぶっていた。起きているのか寝ているのか……判断はつかなかったが、群青は一歩足を部屋の中に踏み入れて、声をかける。 「降りてこい。紅が待ってるぞ」 「……いい。誰にも会いたくない」 「んなこと言ってんな。せっかく紅が……」 「……紅だって……どうせ、この家の召使だから僕に気を使っているだけだろ! 放っておいてよ、本当は僕のことなんかどうでもいいくせに!」 「……あ?」  椛は背負わされた宇都木家の跡取りという使命のせいで、自分をみてもらえないことを、悩んでいる。だから、その苦しさを隠すために強がっている――それはわかっていた、しかし……群青のなかの「宇都木」への嫌悪感はその理解すらも壊していた。紅の想いを無下にする椛の言葉にカッとなって、つかつかと椛のそばまで歩み寄り、無理やり布団を剥ぎとってしまう。 「な、なにする……」 「……おまえこそ、紅のことをちゃんとみてねえだろ。人を突っぱねといて自分だけかわいがってくださいってか、随分と都合のいいこった」 「……っ、うるさい、僕のことをわかったように……! 群青は僕のことを嫌いなんだろ、近付くな、話しかけるな、関わるなよ!」 「……関わらなくていいなら関わってねえよ、そうだよ俺はおまえのことが大嫌いだ。……でも、おまえのことを見てくれる人のことまで、傷つけるようなことはするなよ。見てるこっちが不愉快だ」 「……いない。いないよ、僕のことを見てくれる人なんて」  強い、雨の音がする。湿っぽい部屋のなかでは、臭いが強くなる。  これ以上、二人で話していてはお互いが嫌な想いをするだけだ。余計なことを口にして、椛の心を抉るようなことを言ってしまうかもしれない。群青はその予感に、立ち上がる。強くなってきた椛から漂う「宇都木」の臭いにも耐えられなかった。  群青は無言のままに、部屋をあとにする。雨が屋根を叩く音だけが、部屋のなかに響く。

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