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屋敷の奥へ、奥へ。どんどん匂いが強くなってゆく。
この屋敷は見たことがあった……というか、昔住んでいたところだ。構造も全て知っている。なぜ、この屋敷が突然現れたのか不思議でならなかったが、間違いなくこの奥に椛がいる。妖怪の住まう世界に連れされた椛が殺されるまえに助けねばと思うと、立ち止まっている暇はなかった。群青は最奥までたどり着くと、一気に襖を開ける。
「――」
パン、と勢い良く音がして襖が開く。そこには、確かに人がいた。椛の匂いがする、人間が。しかし……椛ではないような気がする。
部屋の真ん中に布団が敷いてあって、そこに群青に背を向けて寝ている青年。顔は見えない。布団から覗く白いうなじに焦燥を覚えたのは――どこか、懐かしい感覚。
「……群青?」
「……ッ」
青年が群青に気付いたのか、体を起こす。ずるりと体から布団がずり落ちて、細い体があらわになる。わずかはだけた着物から覗く鎖骨はひどく色っぽく、さらりとした黒髪がかざる横顔は綺麗な線を描く。瞳が、群青に向けられる。そして、形の良い唇は……もう一度、名を。
「群青……」
その顔をみて、群青は頭が真っ白になった。震える声で――彼を呼ぶ。
「……柊 様」
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