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「……えっ」
「おはようさん。疲れてしもたんどすか? よお寝とったね」
「……濡鷺」
いつの間にか自分は寝ていたようだ。椛は自分を見守るように側に座っていた濡鷺をみて、そのことに気付く。
……今の夢は。
いつものように、群青に愛される夢。しかし、いつもと違うところがある。彼が、名前を呼んだのだ。――知らない人の。自分を、知らない人の名前で呼んだ。
「あの……濡鷺は、夢とかに詳しかったり……しないですか」
「んー? どないした?」
「いや……最近、群じょ……僕の家の式神に抱かれる夢を頻繁にみているんです。彼はあまり僕と仲が良いわけではないんですけど、夢の中では僕をすごく愛してくれる。……てっきり、僕があまりにも誰かに愛されてみたいとか思っていたから、その願望が夢になってでてきたんだと……思っていたんですけど。でも、今みた夢で……彼は、僕のことを……知らない人の名前で呼んだんです」
「――柊って?」
「……っ!?」
なぜ知っているのか……という疑問が先に浮かんだが、濡鷺がまるで『柊』の正体を知っているという口ぶりに、椛はそちらのほうが気になってしまう。柊とは、一体誰なのか。群青と何か関係のある人物なのか。
「濡鷺は……柊っていう人を知っているんですか!?」
「ああ、知っとるよ。もう随分昔を生きとった人や」
「誰なんですか……その人……!」
椛は濡鷺に縋りつくようにして問うた。そうすれば、濡鷺はすっと目を細め、口角をゆっくりとあげる。椛の頬をそっと撫で、さらりと髪を梳くと……じっとりとした声で答えた。
「あんたん前世どすえ。……あんたは、そん柊ん生まれ変わりや」
「前世……」
「そして、柊は――」
ゆらりと光が揺らめいたその瞳は――愉悦を貪欲に追い求める蛇の瞳。舐めまわすようなその視線に、椛は背筋が凍るのを覚えた。
「――群青ん元恋人。群青が、生涯で最も愛どした人や」
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