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追憶・桜の花5

*** 「いやいや、宇都木さんが来てくださって本当に助かりました……!」  山のふもとの、小さな村。そこに柊は依頼を受けてやってきた。群青は同行していない。四六時中妖怪と共にいるのは気が滅入るし、金髪蒼眼と明らかに人間ではない容姿の彼を連れてきては村人が怖がってしまう。いざとなったら契約を通して呼べばいい。そもそも妖怪退治は今まで一人でやってきたことである。彼は本当に危険な状況に陥った時のための保険だ。 「お願いしたいのは、最近山に入った人間を襲うという妖怪でして」 「なるほど……それは危ないかもしれませんね」 「実は別の祓い屋に頼んだときは、断られてしまったんですよね」 「……なぜ? 危険な妖怪なのですか?」 「いえ……その妖怪は、滅してはいけない妖怪だから、と」 「滅してはいけない……?」  柊が首をかしげると、村人はバツの悪そうな顔をする。答えを待つように柊が黙っていれば、村人はやがて、渋々と言った様子で話し始めた。 「その人を襲う妖怪というのは……山神と呼ばれているものでして、……その、神聖な妖怪だからむやみに祓ってはいけないと」 「山神……ああ、うちの犬を襲った……」 「え?」 「いえ、こっちの話です」  また断られてしまうかもしれない、村人はそんな表情をみせる。柊はそんな村人に作り笑いをみせてやり、なんともないという風に言い切った。 「大丈夫です、僕が祓ってみせます。妖怪に神聖もなにもないですよ。妖怪は全てこの世から消えるべきです」

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