186 / 353
追憶・桜の花11
***
祭りは、人があまりこない山奥で開かれていた。やはり妖怪への嫌悪感はそう簡単に拭えないのか、柊はしかめっ面で群青の後を続いて歩いている。もうすぐ会場につく、というところで、柊が小さく群青に声をかける。
「あれ、なんだ」
「あれ……ああ、狐火ですよ。狐たちが会場までを案内してくれるんです。あの火の指す通りにいけば、会場にたどり着けます。……まあ、ああいうことしていると、時々人間が紛れ込んできちゃうんですけどね」
「……へえ」
少し離れたところに、ぽつぽつと列をなした光が灯っている。柊はぼーっとそれを見ながら歩いていた。そんなことをしていたからだろうか――
「あっ」
「おっと……」
柊はつまずいて、転んでしまいそうになった。咄嗟に群青が抱きとめたために怪我をすることはなかったが――
「あ……」
「あ、すみません!」
「……いや」
ぐ、と力強く自分を抱く、群青の腕に、柊は顔を赤らめた。しまった、思い切り触ってしまった……ここまで思い切り触れたのは、初めてかもしれない。柊が驚いてしまうだろうと、群青はすぐに彼の背を抱く腕を離す。
しかし――すぐに離れていくかと思いきや、柊はしばらく群青の胸にくっついたままだった。どうしたのだろう、驚きのあまり動けなくなってしまったのだろうか……そう思って群青が焦っていると、柊は小さく呟く。
「……おまえ、体大きいな」
「え、あ、はい」
そう言って、柊はそっと群青から離れていった。その顔は、先程よりもぼんやりとしているような気がする。嫌な想いをしたという風にはみえない。ただ、そうやってぼーっとしているとまたつまずいてしまうだろうと思った群青は、す、と柊に手を差し伸ばす。不思議そうな顔でそれを見つめる柊に、群青は恐る恐る、言った。
「手、つなぎましょう。危なっかしい」
「え……」
「嫌ならいいです、無理にとはいいませんから! でもまた転んだときに、助けられるとは限りませんから……」
手をにぎることを、彼は嫌だと思わないだろうか。群青への抵抗感が少し薄れているからといって、彼は触れられることに慣れたわけでは決してない。自分の申し出で柊を困らせたりしないだろうか、そんな不安が群青の胸の中に広がっていゆく。
しかし――
「……」
――柊は黙って、差し出された群青の手に、自分のものを重ねた。微かに、頬が赤くなっている。
「あっ、……えっと……じゃあ、いきましょうか」
「……ああ」
どき、と心臓が跳ねたような気がした。柊が自分の後ろじゃなくて、隣を歩くようになったのを、なぜか嬉しいと思った。
会場にたどり着くのが……もっともっと先ならいいのに、そう思った。
ともだちにシェアしよう!