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追憶・桜の花12

***  会場では、すでにたくさんの妖怪たちがはしゃいでいた。繋がれた柊の手に、ぐ、と力がこもる。不安そうな、不快そうな……そんな表情を柊は浮かべていた。 「おっす、群青! そちらのべっぴんさんは?」 「ああ……えっと、俺の知り合いの、人間」 「人間!? へえ、群青おまえ人間と仲良くしてるのか!」  群青に声をかけてきた妖怪は、一つ目の大きな体を持つ妖怪だった。柊のことを興味深そうにじっと見つめて、にっこりと笑う。 「これさ、つくってみたんだ! もらってくれよ! そちらの人間の方も!」 「……何これ、食いもん?」 「りんごの飴包み! どう? すごい発想じゃない!?」 「りんごの飴包みィ? なんじゃそりゃ、まずそう」  一つ目が手に抱えているのは、棒に刺さったりんご飴のたくさん刺さった箱だった。りんごを飴で包んだものなど珍しいどころか誰もみたことがなく、周りにいた妖怪たちもゲテモノをみるかのような目でみている。一本押し付けられた群青は、渋い顔をしながらもそれを受けとって、柊に笑いかける。 「りんごも飴も、そのまま食ったほうが美味いと思いません?」 「……」  柊は群青からりんご飴を受け取ると、ぼーっとそれを見つめた。少し高くそれを掲げて、周囲の光に当ててみる。ベッコウ色の飴が、色とりどりの光に反射してきらきらと輝いた。 「……綺麗だな」 「おお、人間さん、よくわかってる!」 「馬鹿触んな!」  柊の肩を抱こうとした一つ目から護るように、群青は柊を抱き寄せた。柊がぎょっとしたように肩を跳ねさせたから、群青は慌てて柊から離れる。 「あっ、柊様……すみません」 「……」  柊は怒らなかった。黙って小さく首をふって、「大丈夫、」と言っただけだった。  様々な妖怪たちが寄ってきては話しかけてきて、柊に興味をもって近づいて。あっという間に時間はすぎて、祭りも終盤にさしかかる。たくさんの光が集まる中で、女型の妖怪が踊ってその周りで他の妖怪たちが騒いでいる。チンチンドンドン、和楽器の音と笑い声。楽しげな音たちに、あたりは包まれた。  群青と柊は、少し離れた場所に座ってそれを眺めていた。 「……」  光に照らされてりんご飴を食べる柊の横顔を、群青はぼんやりと見つめている。綺麗だな、なんて。いつもと彼は変わらないはずなのに、暗闇の中で色とりどりの光に照らされたその横顔があまりにも綺麗で、目に焼き付けるようにじっと見つめる。彼がまばたきをするだけで、とん、と心臓が跳ねるような、不思議な感覚。 「……なに」  見つめすぎたからだろうか、柊は群青の視線に気付いて振り向いた。ドキッと激しく鼓動が高鳴る。頭が真っ白になりながら、群青は苦し紛れに問う。 「えっと……それ、美味しいですか? りんご飴」 「……不思議な味。中のりんごがやわらかくなっていていつもと味が違う」 「一口もらってもいいですか?」 「……ん、」  柊がりんご飴を差し出してくる。群青は顔を近づけて、飴が溶けてりんごのむき出しになった部分に口をつけた。あ、ここ柊様が口をつけたところだ。そう思うとなんだか顔が熱くなってくる。 「甘っ……やっぱりりんごを飴で包むとか――……」  顔をあげると……柊と目が合った。  時が止まったような、気がした。祭りの音が聞こえる。でも、聞こえない。柊の瞳にちらちらと光が映り込む。夜風が柊の髪を揺らす。ああ、そういえばまだ手をつないだままだった。指をそっと絡めて、指の付け根を合わせる。世界に柊だけがいるような……そんな錯覚。目も、耳も、全身の感覚も……彼を感じることだけに集中している。 「柊様――」  顔の距離を近づけて、そうすれば柊ははっと目を見開いた。ごつ、と何かの音が聞こえる。柊がりんご飴を落とした音だ。その音が皮切りになったように――群青は柊の頭に手のひらを添え、ぐ、と自分の方に引き寄せて―― 「――あ、いたいた! おまえたちもこっち来いよ!」 「……っ」  自分たちを呼ぶ声に――二人は弾かれたように振り向いた。みれば一匹の妖怪が二人のもとまで寄ってきて、手招きをしている。騒いでいる妖怪たちの輪に入れということだろう。 「お、おう……今行く!」 (まって、待って待って、俺……今、何をしようとした!?)  あのままあの妖怪が自分たちを呼びにこなかったら……きっと。群青は今更のように、カッと顔を赤らめた。 「……あ、あの……柊様……え、大丈夫ですか……?」  群青が唇を奪おうとしていたことくらい、柊もわかっていただろう。怒っているに違いない、そう思って恐る恐る群青が柊の表情を伺えば……柊は胸を抑えながら苦しげに眉を寄せていた。どこか痛いのだろうか、そう思った群青は焦って、柊の肩を掴む。 「さ、さわらないでくれ……!」 「あ、す、すみません……あの……大丈夫ですか……ごめんなさい、俺……」 「……いたい、」 「え……」 「……胸が、痛い……きりきりする。わからない、こんなの初めてで、……苦しい……」 「ま、まさか病気……? 柊様……」 「……知らない、おまえが近づくとこうなる。……だから、少し離れてくれないか……」  柊の顔は、真っ赤だった。瞳が微かに涙ぐんでいる。 「え、えっと……何か飲み物とってきましょうか! ご、ごめんなさい、離れますから……!」  柊の表情に、恐ろしいほどの焦燥を覚えた。このまま彼の側にいたら、こんどこそ――無理やり口付けをしてしまいそうだ。だめだ、そんなことは絶対にしてはいけない。柊に無理やり触れれば彼を怖がらせてしまうかもしれない、妖怪に二度と心をひらいてくれないかもしれない。  好きだ――俺は、柊様のことが好き。  自覚した恋心が、群青をひどく苦しめる。自分を落ち着けたくて、群青は立ち上がって柊から離れようとした。しかし…… 「群青……!」  立ち上がった瞬間、柊が群青の手を掴む。 「……ッ」 「ま、……待て……あの……離れすぎるのは、……だめだ」  くら、とめまいがした。初めて柊が自分の名を呼んだ、初めて彼から触れてきた。しどろもどろになりながら、必死に言葉を紡いで、柊が群青を引き止める。ぎゅうっと胸が締め付けられるような、そんな感覚に群青の意識が朦朧としてくる。 「で、ですよね、こんなに妖怪がいるところに一人にするとか、ないですよね、ははは……」  ふらふらと、群青は再び柊の隣に座った。もう、お互いに目を合わせることはできなかった。 「……」  群青がそろそろと、柊に向かって手を滑らせる。そうすれば、指先が、ちょん、と柊の指に触れた。びくんと跳ねた柊の手に、恐る恐る、手のひらを重ねてみる。手を払われることはなかった。そのまま、二人は目を合わせないまま手を繋いでいた。  結局妖怪たちの集まりのなかに入っていくことはできずに、祭りは終わってしまう。……それでも、群青にとって、今回の祭りが今までで一番楽しいと思った。足元にころがったりんご飴に、アリが二匹、登っていた。

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