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追憶・桜の花13

*** 「もうすっかり、金木犀の季節になりましたね~」  依頼を受けての妖怪退治の帰り、群青と柊は屋敷への道を少し遠回りして歩いていた。最近は、柊の妖怪退治の仕方が少し変わってきたように思う。以前のような残忍な祓い方はしなくなり、血をみることはなくなった。そのため、妖怪退治の帰りであっても群青の気分は穏やかなままであった。  遠回りをして帰っているのは、紅葉をみたいと思ったからである。自然が秋の色に染まり始め、すっかり木々は美しく衣替えをしていた。 「柊様は、金木犀好きですか?」 「……意識したことはないけど……いい香りだと思う」 「あ、やっぱり? 俺、この香り大好きなので、秋がくるとうきうきしちゃいます」  へへ、と笑った群青を、柊は黙ってみつめていた。眩しいものを見るように目を細めたかと思うと、ぱ、と視線を上に動かす。視線の先には燃えるように紅く染まった木々が。澄んだ青空と、色鮮やかな葉っぱたちの対比が、ため息をつくほどに美しい。 「……綺麗だな」 「紅葉ですか? よかった、そう思ってくれるならこうして遠回りしようって誘った甲斐があったってもんです」 「……うん」  柊がもう一度、群青に視線を戻す。揺れているその瞳はなにを思っているのだろう……そう思って、群青の胸がどきりと跳ねる。 「……初めてかもしれない」 「何がです?」 「……紅葉を綺麗だと思ったのも、金木犀の香りを芳しいと思ったのも」 「え、でも紅葉だって金木犀だって、みるのは初めてじゃないでしょう?」 「……今まで、一人でみてきた。一人で見て……僕は、目に映るものを美しいって思ったことがなかった」  微かに、柊の頬が紅く染まった。うつむき、そしてそっと群青の手をとる。  体温が、一気に上昇したと思う。遠慮がちに繋がれた手から、燃え上がるような熱が広がってゆく錯覚を覚えた。 「……群青と一緒にみれて、良かった」  ふせられたまぶたが、震えている。その言葉をいうのに、どれほど勇気が必要だったのだろう。だって彼は、孤独を抜けだしたことがない。誰かと美しいという価値観を共有することが初めてなのだ。「一緒に」、なんて言葉を……使ったことはないだろう。  嬉しかった。今すぐに柊を抱きしめたかった。でも、その衝動をぐっとこらえて、群青は言う。 「……今日見た景色は、今までの秋のなかで……一番、綺麗です」  手を、強く握り返す。愛おしさがこみあげる。  これは、貴方と過ごす初めての秋だ。きっと、もっともっと貴方を好きになったなら――来年、再来年……そして遠い未来の秋を、更に美しいと思えるだろう。

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