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追憶・桜の花28

*** 「あ……」  目を覚ました柊は、全身がずっしりと重いことに驚いてしまった。昨日激しかったからだろうか。自分を大切そうに抱きしめながらぐーぐーと寝ている群青の顔をみて、柊は頬を赤らめる。群青は普段は優しそうな顔をしているくせに、ああいう場面になると切羽詰まったような、今にも自分を食らってしまいそうな、そんな表情を浮かべる……それを思い出し、どきどきとしてくる。 「群青……」  柊は群青にすり寄った。そうすれば、小さな声をあげて身じろいだ群青が、もそもそと手を動かしてまた抱きしめてくる。  裸で抱きしめあうと、すごく暖かい。初めて知った。  ずっと……復讐をするためだけに生きていくと思っていたのに。寒い夜を永遠に過ごすことになると思っていたのに。群青に出逢って、世界が変わった。移り変わる景色の美しさに気付くことができて、人の温もりを知ることができて。幸せすぎて胸が苦しくなるという感覚に、涙がでてきてしまいそう。  よかった。群青に出逢えて本当によかった。たとえ、この命が――…… 「……柊様……?」  群青がゆっくりと瞼をあける。そうすれば、息のかかる距離で目があった。群青は朱に染まる柊の頬をそっと撫でて、微笑む。 「……おはようございます」 「……おはよう」  群青は柊の顔のあちこちに口付けをしてきた。半分寝ぼけているのだろう。それでも「愛してる」という風にたくさん口付けをされて、柊はばくばくと高鳴る鼓動に苦しめられた。 「群青……好き」  柊はまぶたのあたりを唇でつついている群青の頬に手を添えると、ぐい、と体を伸ばして唇を重ねた。そうすれば群青は、だらりと柊の上にのしかかるように体勢を変え、口付けに夢中になりはじめる。 「あ……あっ、……ん、」 「ん……」  寝ぼけている分、いつもよりも遠慮がない。さながら主人にじゃれる犬のようだ。  「好き」と声がたくさん聞こえてくるような口付け。ぱたぱたと振られる尻尾の錯覚まで見えてくるようなそれに、柊は一人で笑ってしまった。群青の髪をくしゃくしゃと撫でると、彼に全てを委ねるように体の力を抜いてゆく。 (群青……愛してる)  体を溶かすような幸せに、柊は一人、涙を流す。

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