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追憶・瞳1
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愛する人も死に、憎悪の対象である宇都木の恒久的奴隷と化し――群青は、目の前に死しか見えなくなっていた。真柴に真実を聞かされ……ふらふらと部屋を出る。この屋敷をでていって、柊と蜜月を過ごしたあの屋敷に戻ろう。そして、そこで死ぬ。この命を、自ら断ってやる。もう、群青にはその想いしかなかった。
屋敷の出口に向かって、よろよろと歩く。見つかれば連れ戻されるだろう。それでも隠れて歩く気力もないし、群青は覚束ない足取りで歩いて行った。
「――いやあ!」
「……?」
ふと、耳を劈くような悲鳴が聞こえてくる。すぐ側の襖の奥だ。何事かと……群青は、何の気なしに襖をそっと開いてなかを覗く。
「――!」
そこには、目を覆いたくなるような光景が広がっていた。紅が裸で荒縄で縛られ、天井から吊るされている。そして、彼女を男たちが囲って……酷い暴力を振るっていたのだ。紅の肌には大量の傷が付いていて、血が滴っている。そして……群青が最も驚いたのが、彼女が泣いていた、ということだった。
「私は奴隷だ」と男の慰み者となることに抵抗を覚えていなかったはずの彼女。痛みを伴う陵辱だから、ということもあるかもしれないが……彼女が、はっきりと拒絶の意思をあらわしていたのだ。
(もしかして……本当は、嫌なのか……)
ぼろぼろと涙を流し、悲鳴をあげて……ただ、抵抗も許されず男たちの暴力を受けている彼女に、群青は釘付けになっていた。
紅の悲鳴が、次第に大きくなってゆく。畳には血が飛び散り、その身体には傷ができてゆく。男の一人が、手に持っていた太い木の棒を彼女の秘部に突っ込む。
「い、痛い、いたい、いたい……!」
「ちょっとくらいで妖怪は死なないでしょ? いいじゃん、普通の人間にはできないことやらせてよ!」
群青の襖に添えていた手が震える。なんであんな酷いことを、彼らはできるんだ。見ているだけではらわたが煮えくりかえるくらいに、残虐なことを。そしてなんで紅はあんなことをされなくちゃいけない……
もう一人の男が、木の棒を挿れられわずかに膨らんだ紅の下腹部に向かって棒を振り下ろそうとしたところで……群青は思わずは襖を思い切り開けていた。パン、と音を立てて開けられた襖に、男たちが驚いて振り向く。
「……おまえ、たしか新しい式神の」
「……おまえらいい加減にしろ」
群青が蒼い炎を紅に向かって放つと、男たちは驚いて飛び退いた。紅を縛る荒縄と、秘部に突っ込まれた木の棒がぼろぼろと崩れてゆく。どさりと畳に紅が落ちると、男たちは恐れをなしたように群青をみつめた。
「今すぐここをでていけ……でないとてめえらのこと燃やすぞ!」
「……ひ、ひいい……!」
男たちは群青の殺気に腰を抜かしそうになりながら駆け出す。群青を横切って、ばたばたと部屋をでていった。
群青はゆっくりと、倒れこむ紅に近づいてゆく。そして、ぐったりとした彼女を抱き上げた。
「おい……大丈夫か……」
「……で」
「え?」
「なんで……あんなことをしたのですか……なんで邪魔を……!」
紅は、ぼろぼろと泣きながら群青を睨みあげる。群青は少し驚いてしまったが、彼女の涙を指でぬぐってやりながら、優しい声色で言う。
「……おまえが嫌がっていたから」
「……! 嫌がってなんか……いません!」
「うそつけ。それにあのままあれやられていたら、おまえ子供生めない体になってたぞ」
「……いいの、私は子供なんて生めなくたって……奴隷だもん、奴隷……」
紅が唇を噛む。そして、ぎゅっと目を閉じたかと思うと、声をあげて泣き出した。群青が抱きしめてやると、彼女は群青の胸に顔を埋めて、叫ぶ。
「奴隷なの、私は……奴隷なの! 嫌なんて思っちゃいけないのに……私、私は……!」
「奴隷じゃねえよ、おまえは……」
「私、私……やだ、怖い、痛い、……ごめんなさい、ごめんなさい、奴隷なのに……ごめんなさい……!」
……てっきり、感情がないのだと思っていた。しかし、そうじゃなかった。紅はただ……感情がないフリをしていたのだ。自分が苦しまないために。宇都木に絶対服従であって、自分が壊れてしまわないために。だから淫乱のフリをしていた。
「なんで……おまえ、ただの妖怪じゃん。こんなことされて、いいわけねえんだよ」
死ぬまえに。死ぬまえに、彼女をどうにかしてこの地獄から救いださなければ。群青はそう思った。
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