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追憶・瞳3
***
夜は、一応群青にも寝室が与えられているため、そこで一人で寝ている。未だ、一人で寝ることに慣れない。もう春になるというのに、少し寒いと思ってしまう。闇に包まれると心が鬱屈としてくる。群青が早い所寝てしまおうとしたところで……す、と襖が開いた。
「……?」
炎で灯りをともしてみれば……それは、紅だった。なにやら桶を持っている。
「……紅? どうした」
「……」
いつも、紅は自ら群青に近づこうとは絶対にしなかった。だから、群青は驚いてしまって、うまく声をかけることができなかった。紅はゆっくりと群青の布団まで近づいてきて、すとん、と座り込む。
「……真柴様に殴られたようですね」
紅は桶に浸してあったふきんを手にとって、ぎゅ、とそれを絞ると、群青の頬にあてた。
「……私のことを、言ったみたいじゃないですか」
――そう、群青は昼間、真柴に紅への暴力をやめるように訴えていた。逆らうなと殴られてその場は終わってしまったが。殴られたくらいならばすぐに痣は治るが、まだかすかに熱をもっていたそこには冷たいふきんが気持ちよかった。
「……犬って、頭が悪いのね」
「ああ?」
「……逆らえば……抗えば、苦しいだけってわからないの……?」
するり、と紅の肩から黒髪がおちてくる。紅が顔を覗きこんできたから、髪の毛が顔に触れて、くすぐったい。
「……貴方は……男なんだから。私みたいに苦しい想いをしなくてすむの。私に関わらなければ……少なくとも、余計な痛みを味わうことはない」
「……関わらないなんて、できるか。目の前で女が酷い目にあっているところを見過ごせるかよ」
「……鬱陶しいのよ! 私だけでいいの、私が耐えればいいの、貴方まで苦しむ必要はないの! 余計なことはしないで、私に余計なことを考えさせないで! 私のせいで貴方まで酷い目にあうのは、心が痛い」
「……女のおまえには、わからないだろうけど」
群青はゆっくりと体を起こす。紅の、垂れた髪の毛を耳にかけてやる。
「自分が殴られるよりも、誰かがつらい目にあっているところを見てみないふりすることのほうが、辛いんだ。男っていうのは」
「……、」
「別におまえが特別ってわけじゃない。そういうもんなんだよ、俺が勝手にやっている。だからおまえは気負わなくてもいい」
この世には、もう生きていたくないと思うほどに絶望に苛まされていた。でも、目の前で自分と同じ絶望を味わう人がいたら……その人を残して死んでいくことを、群青はできなかった。それだけの想いを、群青は紅に伝える。紅だから助けるというわけじゃない、ただ見過ごすことができない、それだけなのだと。しかし、紅の瞳は揺れる。どこか濡れているようにも見えるその瞳は……微かにきらきらと、光る。
「……馬鹿なのね、男の人って」
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