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追憶・瞳5

*** 「おまえは死んだような目をしているね」 「は……」  真柴の孫にあたる男・定猷(さだみち)は、ふと群青に言った。夜も更ける頃、定猷が眠りについたと思って寝室から出て行こうとしたときに言われたものだから、群青は彼が寝言でも言っているのかと思った。しかし、振り向いてみれば定猷はしっかりと群青をみつめている。 「私が生まれたときからおまえをみているが、おまえはいつもぼんやりとしていてその目に何も映していない」 「……そういう奴なんです、俺は。ぼーっとしていることが好きなんで」 「そうかな」  定猷が体を起こす。布団が剥がれて姿を現したその手には、小さな皺が刻まれている。もう彼も、40を越える歳だ。 「先日……ふらりと妖怪がこの屋敷にやってきた。そいつは酒を片手にしたジジイのような妖怪だった」 「……はあ、」 「そのジジイはおまえの故郷の妖怪だそうだよ。山の神様だそうだ。戦(いくさ)で自分の山が燃やされちまってふらふらしているのだそうだが……おまえの顔がみたくなって遥々こっちまで来てみたら……まあ、がっかりしたと」 「……どうして」 「昔は青臭くてバカな、血の気のある若者だったのに。今や自分よりも覇気のない、まるで死の淵に立った老人のような目をしているから……だって」  定猷の話を、群青は上の空に聞いていた。自分はそんな目をしているだろうか。まあ、言われてみれば……理由は思い当たる。 「……世界が、美しくみえない」 「……世界が?」 「昔は俺の目に映る世界、全てが美しく見えた。でも今の俺にはそうみえない。何をみても、白黒にしかみえない。昔はずっと生きていたいと、そう思っていた。大切な人と一緒に……幸せを守っていきたいと思っていた。でも今の俺に生きる意味はみつからない。ただ……紅が心配で生きているだけ」 「……」 「……定猷様。貴方は先代までの宇都木の人たちとは違って、俺たちによくしてくれましたね。きっともう、紅も大丈夫だと思います。定猷様が寿命を迎えると同時に……俺は死ぬつもりなので」  群青は部屋から出ると、定猷に体を向けて跪く。そして深々と頭を下げると襖に手をかけた。 「……おやすみなさい、定猷様」  ぱし、と音をたてて襖は閉められる。中から、自分を呼ぶ声が聞こえたような気がしたが……群青はそれを無視して、自分の寝室へと戻っていった。

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