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追憶・瞳10
***
「群青~! 久しぶりだな~!」
群青が会場に入っていくと、たくさんの妖怪たちが群がってきた。群青のことを懐かしんでいる面々は、昔と全く変わっていない。
「群青! 誰だよこのとんでもないべっぴんさんは!」
「また新しい恋人か~?」
紅とのことを冷やかしてくる彼らを、群青は雑に追い払う。おろおろとする紅の手をひいて人気のないところへいこうとしたところで……声をかけられる。
「よう! 久しぶり! 群青、こいついらないか? その女性の方も!」
「……これ、」
声をかけてきたのは、一つ目の妖怪。彼が手に持っているのは……りんご飴だ。
「まだこれ売ってたのかよ、売れなくてすぐ売るのやめるのかと思った」
「それがさ~みんなマズイマズイいいながら買ってくれんだよ。おまえさんがここに住んでいたときも、結局ずっと買ってくれていたじゃん?」
柊と一緒に来ていたころに買っていたりんご飴。これを持って祭りのなかを歩く彼が好きだった。光をうけてきらきらと光るりんご飴、それに口をつける柊。食べきれないと言った彼から奪って、やっぱりマズイっていいながら食べたんだったかな。こっそり誰もみていないところで口付けをしたら、りんご飴の味がするものだから笑ってしまった。
懐かしむように、群青はひとつ、りんご飴を買う。そして、紅に渡した。
「これ……なんですか?」
「りんご飴だってさ。クソマズイけど、あげる」
「りんご飴……」
わらわらと寄ってくる妖怪たちから離れて、群青と紅は影のほうに座り込む。初めて柊との口付けに失敗したところだ。目も合わせられないで手だけを繋いでいたあの頃が懐かしい。
「このお祭りも……柊様と来ていたの?」
「ああ」
紅はりんご飴に口をつけた。じわりと舌のうえにひろがる飴の味。
「群青、前に言っていた。柊様は、初めはつれない人で……ほとんど笑わない人だったって。でも、こういうところに群青連れて行っていたんだって、今わかって……ああ、そっか、柊様は群青のおかげで笑えるようになったんだなって」
「……紅?」
「私……ずっと、自分のことどうでもよかった。男の人に酷いことされたって、それがあたりまえだと思っていた。でも……群青が側にいてくれたおかげで、変われた気がするの。真っ暗だった世界が、綺麗にみえてきた。きっと群青は私のことなんて、可哀想だから助けた……くらいにしか思っていないだろうけど……群青は柊様のことしかみていないから。でも……わかってほしい」
群青がちらりと紅に視線を移す。紅がこちらをじっと見つめている。光が、紅を照らす。
「私の今をつくったのは、群青なの。この景色を綺麗って思えるのは、群青のおかげなんだよ」
「あ……」
紅の瞳が、細められた。そして……そっと、微笑んだ。それが、群青のみた初めての紅の笑顔だった。
「大切な人を失ったのは苦しいし、大切な人を奪った人を恨むのも仕方ない。でもそればかりを見つめている貴方は……本当に大切なものを見逃している。目をあけて、群青。真実の目をもっていなくたって……だれでも、大切なものをみることは、できるのよ」
紅の言っている言葉の意味は、よくわからなかった。それでも、ひとつだけ、心のなかに生まれた想いがある。それは、柊に抱いたものと似通っていた。――自分の救った笑顔を守りたい、と。愛情でも、恋情でも……そういったものではないけれど。群青は紅の側にいたいと思った。だから……もう少し生きようと思った。
「……それ、食べきれるの」
「……ちょっと、大きいかも」
「じゃあ、残りは俺が食う」
紅の持っているりんご飴を手に取る。そして、なかの甘くやわらかくなったりんごに、かみついた。
「……やっぱ、まずい」
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