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追憶・瞳11
***
「群青……もっと側に、きてくれないか」
ある日の夕方。病に伏した定猷の傍らに、群青と紅はついていた。もう命の灯火は消えてしまうだろうというとき。日に日に悪化していた病がとうとうここまできてしまった。
「群青……おまえは、宇都木に酷い目に合わされたんだってな」
「……」
「だから……どうしても、おまえは私に心を開いてくれなかった」
「そ、そんなことありません……」
優しくしてくれた定猷。彼が悲しそうにそんなことを言うものだから、群青は身を乗り出すようにして否定する。しかし、少し定猷に近付くと強まった宇都木の臭いに、群青はぴたりと固まってしまった。
「でも群青……私はね、おまえを好いていたよ」
「え……」
「私は何もしていないのに、どうして嫌われなきゃいけないんだって、昔は思っていた。でも、おまえの抱えている悲しみを知ったとき……おまえのことを大切にしたいと思った。ずっと……群青、おまえのことを見ていたよ」
定猷は細い腕をのばして、群青の手を掴んだ。びく、と震えた群青に、定猷は目を細める。
「おまえを、昔生きた土地に行かせたことがあったな。あれは、賭けみたいなものだった。生きる気力をなくしてしまったおまえを、どうしたらもっと生きたいと思わせることができるだろうって……きっとおまえなら、その土地にいけばなにかを掴んで戻ってくるって信じて、私は行かせた」
「……」
「結果……そんなにおまえの面構えは変わらなかったなぁ。でも、これからも生きると言ってくれた。私はね、そのとき飛び上がるほど嬉しかったんだ。これから先、生きてくれるなら、いつか幸せをつかめるんじゃないかって」
掠れ声で話す定猷を、群青は静かに見つめていた。
「……まるで、定猷様は俺のことをなんでも知っているみたいですね」
「知っているさ」
「……!」
「私はおまえにもっと寄り添いたかったから……おまえのことが見えていた。おまえが心の奥にしまいこんでしまっていたものも、なんとなく見えていた」
弱々しく、定猷の手に力が込められる。嫌いな宇都木の子孫。定猷はそれのはずなのに……群青は定猷の手を振り払えなかった。彼の眼差しから目をそらせなかった。
「みえるよ。目を凝らせば……どんなものだって。群青、きっと今のおまえには何も見えていないだろう。私のこともなにもわからないまま……別れることになるだろう。でも……覚えておいて欲しい」
「……」
「自分の目の前にいる人から、目を逸らすな。そうすれば……きっとおまえは救われる。今のおまえにはわからないだろうが……おまえなら、いつかできると信じている」
「俺は……!」
また、この人も紅と似たことを言うんだな、と。群青はわけがわからなくなってしまった。意味がわからない、と言おうとしたところで、定猷は眠りについてしまった。体がが極端に弱っている彼は、こうして突然寝てしまうことも少なくない。
群青は俯いて……定猷の手を、軽く握り返してやった。
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