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追憶・瞳13

*** 「――群青、ねえ、はやく!」 「いてえ、ひっぱるな紅!」  紅に引きづられるようにして、群青は屋敷の廊下を走っていた。すっかり洋風に改装された屋敷は、未だ慣れない。紅に連れて行かれる先がどこだかも検討がつかなかったが、部屋に近づいてゆくと、現在の宇都木家の当主の妻・千代の部屋だということに気付く。 「子供が、生まれたって!」 「え……」  ばん、と勢い良く紅が扉をあける。そうするとそこには、たくさんの人に囲まれた千代が、赤ん坊を抱いて笑っていた。 「あら群青さん……子供が生まれたの。よければ……顔を見てあげてくれないかしら」  群青に気付いた千代が、遠慮がちに言う。群青が宇都木を嫌っているということを知っていた千代は、群青が自分の子供には興味を示さないとわかっていたのだろう。この赤ん坊も、宇都木の血を引くもの。群青の嫌う、宇都木の臭いをもつ人間だ。 「千代様……その子の、名前は……」 「え……ああ、椛って言うのよ」 「そうですか……」  しかし、群青はゆっくり、千代に歩み寄ってくる。群青が赤ん坊に興味をもつとは思っていなかった千代は、驚いてしまった。ふらふらと、どこか覚束ない足取りで千代のもとにたどり着く群青。その様子を、周りの者たちは不安げに見つめている。まさか、ここで赤ん坊を殺したりはしないだろうかとハラハラしているのだろう。 「……」  ぼーっと、群青は赤ん坊を見つめている。そうすれば……泣き声をあげていた赤ん坊がふと、群青に向かって手を伸ばしたような気がした。……本当に、気のせいかもしれない。まだ目も開けていない赤ん坊が、そんなことをするはずもなく。  しかし、群青はそれをみて、目を見開いて固まってしまっていた。そして、突然、何も言わずにその部屋を飛び出して行ってしまったのである。 「――群青……!?」  慌てて追いかけた紅は、部屋のすぐ外で群青を捕まえた。群青は激しく動揺しているようで、紅の目を見ようとしない。 「どうしたの、群青……」 「柊様……」 「え?」 「……なんで……よりによって、また宇都木のもとに……」  ずるずると座り込んでしまった群青を、紅は呆然と見下ろすことしかできなかった。

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