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―――――
―――
――
『群青……』
「――……」
何回も何回も抱いて、くたりとした柊を抱きしめながら、群青は横になっていた。先ほどから、何度も頭のなかに柊の声が響いている。その度に苦しくて、悲しくて……わけがわからなくなった。
「……柊様」
「……うん?」
「俺……現世で、貴方の生まれ変わりと一緒に暮らしているんですよ」
「……ふうん」
「あまり……うまくいっていないんですけどね」
『群青』
胸を締め付けるような、なによりも甘い、声。この柊の声が、自分が一番愛している彼のものであると……群青は気付き始めていた。彼が生きているときに、何回もこの声を聞いていた。記憶は、声からまず忘れていくというけれど――群青は、この声が本当の柊の声であると、なんとなくわかってしまった。大好きな、本当に大好きな人のものだから。
「……柊様の魂は、あの生まれ変わりの子が持っています。魂はひとつしかないのに……ここに、本物の柊様がいるわけが、ない」
だから、――この柊が、偽物であると、群青はわかってしまった。
「……ねえ、貴方は誰ですか?」
「……僕?」
群青が尋ねれば、柊の顔をした彼は優しく微笑んだ。
「……僕も、柊であることは間違いないよ」
「……」
「おまえの記憶のなかの柊から生まれているから。おまえが一番幸せだった、あのころの記憶が……僕を生んでいる」
偽物――それなのに、ここまで本物の柊とそっくりな理由。群青が覚えている全て、柊の記憶が全て反映されているからだ。表情のひとつひとつも、匂いも、どこまでもあのころの彼と同じ。そして――群青を愛しているということも、同じ。
「僕は……おまえを幸せにしたい」
「俺の記憶から生まれたっていうなら……貴方に、感情なんてないでしょう……」
「感情がなくても――僕は、おまえを幸せにするためにここにいる。苦しんでいるおまえを……もう一度、幸せにするために……」
ぽろ、と彼の瞳から涙がおちた。彼は、決して群青を騙そうとしているわけではない。群青を幸せにするために生まれた、それは間違いないのだから。
「……柊様」
もし……もし、この柊から逃げて椛のもとへ行ったら、自分はどうなるだろう。どうせ、自分は椛のことは愛せない、救えない。椛のところへいったところで……自分は幸せにはなれない。目の前に柊の魂があるのに触れてはいけないという、あまりにも残酷な苦しみに、これからもずっと耐えなければいけない。
「柊様」
柊が死んでから、数百年。もう、十分すぎるほどに苦しんだ。これからも、自分が死ぬまで……
「……助けて、柊様」
限界だ。もう、限界。これ以上苦しみたくない。
この柊と共にいれば、自分は幸せになれる。失った幸せな過去を取り戻せる。
「柊様、柊様……」
――偽物でもいい。もう、幸せになりたい。俺を、殺してくれ。
「群青……いいんだよ、僕を愛して。ずっと、僕といよう、群青……」
「……う、」
「んっ……」
群青は、彼に口付ける。涙があふれてくる。触れた唇の温度は、追憶の彼方へと消えた柊のものと全く同じ。耳をくすぐる甘い声は、あの愛おしいものと同じ。
「柊様……笑って……笑ってください……」
「うん……」
微笑んだその顔は……ずっとずっと、希っていた笑顔。救えなかったと、絶望に塞ぎこむ心を誤魔化してくれる。
白い肌に唇を寄せて、吸い上げる。紅い痕を点々と、花びらのように散らしてゆく。ひとひら、ひとひら散る度に彼は身体をぴくりと跳ねさせて秘めやかな声をあげた。口に手をあてながら、頬を紅潮させて、群青の愛撫に歓んでいる。
「あ……あぁ……」
もう何度も抱いたから、彼の下腹部はどろどろになっていた。すっかりやわらかくなったそこからは、たくさん注ぎ込んだ群青の精がとろりとこぼれている。そこに、再び熱をしずめてゆくと……彼は濡れた瞳で群青をみあげながら、嬉しそうに微笑んだ。
「あ、あ……ぐんじょう……」
「柊様……」
あの世と呼ばれるここは――天国か、地獄か。体に羽が生えたと錯覚するほどの極上の幸せに満ち溢れ、浮世の悲しみを忘れるほどに奈落のそこへ堕ちてゆく。いずれにせよ、現実から逃げていることには変わりない。でも、それでいい。もうあんな悲しみには耐えられない。一生をここですごし、体が朽ちるまで……この柊と共に過ごしたい。
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