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「愛しています……愛しています、ごめんなさい……俺は貴方を救えなかった……」
「ううん……おまえが悪いんじゃない、あれが、運命だったんだ」
「弱い俺を……どうか、赦して……」
腰を揺らし、熱をぶつける。彼が群青の背に腕をまわし、ぎゅっと抱きついてくる。
「あっ、あっ……あぁっ……」
「柊様……柊さま……助けて、柊さま……」
「好き……すき、だよ……ぐんじょう……あっ、……あ、あ……! ん、っ……泣かないで、……自分を、ゆるしてあげて……」
「ごめんなさい……ごめんなさい、」
懺悔は、快楽へ消えてゆく。このまま、このまま……溶けてしまいたい。
『群青――』
「あ……」
声が聞こえる。ほんとうの、柊の声。
「やめて……やめてください、もう……」
愚かな俺を、貴方が呼ぶ。
『群青――泣くな』
「俺は……」
……俺は、どうしたいんだっけ。俺は――
『――お慕い申し上げております。ずっと、永遠に』
俺は、柊様を愛したかった。柊様を幸せにしてあげたかった。幸せそうに笑う、柊様の側にいたかった。――二人で、桜の花をみていたかった。
「群青……どうした」
「……柊様、」
だから、違うんだよ、これは。俺が一人で偽物の彼と幸せになったところで……俺の本当の願いは叶わない。「貴方」と、俺は幸せになりたかった。
「……柊様、俺は……」
貴方が幸せにならなければ――俺は幸せに、なれない。
「俺は……もう一度……貴方を、笑わせてあげたい……!」
「……群青」
彼が、悲しそうな顔をする。ぼろぼろと群青の瞳からこぼれる涙を手で拭ってやりながら、自らも泣き始めてしまう。
「だめだ……僕から離れては、いけない」
「貴方といて自分を誤魔化していても……俺は、きっとそのうちだめになる……」
「現実の世界に戻ったほうが、苦しい……! 離れないで、群青……僕から、離れるな……! 僕は、群青に苦しんで欲しくないんだ!」
「ほんとうの柊様の魂を持った、椛を……見殺しになんてできない……あいつを見殺しにすることのほうが、きっと苦しい」
「……おまえは、椛のことは愛していないんだろう、彼は自分が柊の魂を持っているからと愛されることを、絶対に嫌がるぞ!」
「……これから、椛にちゃんと向き合う……ここで逃げたら、もう二度と! 椛は救われない! 俺は自分自身の弱さに勝てるか、そんな自信はないけれど……今が、最後のチャンスなんだ……! 今逃げたら、もう永遠に……椛も俺も、救われない」
群青は、彼の胸に顔を伏せる。嗚咽をあげながら、彼の上で泣いた。
「柊様が、呼んでいる……逃げようとしている俺を、呼んでいるんだ……逃げたら、もっと辛いって、そう言っている」
「……」
「なんで……柊様の魂が、また俺の前に現れたのか……きっと、俺を救うため。俺に、自分の弱さと戦えって、そう言いたいんだって、……」
彼は、自分の上で涙を流す群青の頭を抱いた。暫く、群青が落ち着くまでそうして黙っていてくれた。やがて群青の涙が引き始めてくると、静かな声で言う。
「……もう、引き返せないよ。今ならここに、残ることができる」
彼の声を聞いた群青は、ゆっくりと体を起こした。そうすると、一緒に彼も起き上がる。じっと自分を見つめてくる彼を、群青はまっすぐに見つめた。
「……いきます。ほんとうは、まだ決心はついていません。でも……いかなくちゃ……柊様が、呼んでいるから」
「……そっか」
彼はため息をついた。そして――微笑む。
「……がんばれ、群青」
彼が、口付けてきた。その瞬間――二人を囲っていた部屋が、光だす。何が起こったのかと群青は目を見張ったが……瞬く間に世界は崩れていって、桜の花弁へと変わっていった。畳も、壁も、屋敷も丸ごと全部、……そして、「彼」も。全て桜の花びらと化し、舞い上がったのだ。
「……っ」
世界が桜色に染まるほどの、大量の花弁。はらはらと散ってゆくそれらの隙間から徐々に姿を表したのは、元の世界。紅い空と醜い街並み。
消えたのだ、全て。群青の想いが作り上げた、「幸せの世界」が。
偽物だとしても、柊と全く同じ暖かさを持っていた彼。それが一瞬で消えてしまって、群青は急激な喪失感に襲われる。唇に微かに残る、彼の口付けの熱。一度止まったかと思った涙が再びこみ上げる。群青は、花弁でいっぱいの地面に塞ぎ込み、涙を流す。
「――……っ、」
ここからが、本当に苦しい。ふりだしに戻っただけ。柊の魂を持った椛と、自分はどう向き合えばいい。宇都木への復讐心、そして椛自身のもつ悩み。
答えは、見つからない。まだ、怖い。苦しい。でもいかなければ。ここで立ち止まっていたら、誰も救われない。
「……椛、」
群青は、落ちていた自らのジャケットを拾う。そして、ポケットのなかに入っていた、紅の髪飾りを取り出した。紅の力を使えば、椛のもとへいける。
覚悟を決める。もう、泣かせたくない。雨の夜に一人で震えさせたりなんか、しない。
群青は意を決して――髪飾りに、口付けた。
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