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「は……は……」
何度も何度もなかに精を放たれて、椛はふらふらになっていた。濡鷺はにやにやとしながらぼんやりとする椛を見下ろす。
「ずっとここにいようね、そないすればあんたはんはずっと幸せでいられるよ」
「はい……」
先ほどから、なぜか頭のなかは群青のことでいっぱい。自分が柊という群青の恋人の生まれ変わりだから、と椛はこの胸の痛みに理由をつけていたが、それでも切なくて仕方ない。群青が異常に宇都木を嫌う理由を、濡鷺から聞いてしまったからだろうか。群青が自分を避けている理由が、あまりにも悲しいものだった。あの笑わない式神の抱えていたもの、それを知ってしまったから。
「同情しとる?」
「……え、」
「群青に同情したはるん? やめておけ、あんたはんがあいつを想ったトコで、あいつはあんたはんんことなんて見やせん
「……、」
そうだ、群青は自分のなかにある柊の魂を求めている。だから……もしも優しくしてくれることがあったとしても、自分をみてくれているわけじゃない。
「元ん世界に、あんたはんん居場所なんてありやせんよ。どなたはんもあんたはんを愛どしたり、せん」
「――勝手に決めんな」
「……あ?」
ふと、誰かの声が聞こえる。声のした方を見れば……とじられていた襖が開いていて、そこから光が差している。そこに立っているのは……
「……群青」
「……どうやってここに来た。真実の目を持っていなければここには……あ、ああ……紅か」
すうっと濡鷺の笑顔がひいてゆく。濡鷺はゆらりと立ち上がって、群青と向き合った。
「柊は? 柊と一緒にいたんやないの?」
「……あれは偽物だろ」
「ふうん……じゃあ、本物、奪いにきた?」
にやりといやらしく濡鷺は笑って、椛の腕を掴む。群青の求めているのは椛ではなく、柊。そうわかっているのだ。
「残酷な人やね。こうやって苦しんでおる彼ん目ん前に……そないやってまた。あんたはんが愛せるんは柊やけやろ、椛になんて興味あらへんくせに」
「……っ、」
ぽかんとする椛を抱き寄せながら、濡鷺は言う。濡鷺の言っていることは間違いない。群青は黙り込むしかできなかった。否定しなければ椛は傷つくだろう、しかし嘘をついたところで結果は同じ。
「……俺は、まだ椛とは向き合えない、けど……椛のことは助けないといけない」
「……柊さんの生まれ変わりだから?」
群青の言葉に、椛が反応する。震えながら、濡鷺に抱かれながら見つめられ、群青は目を逸らしたくなった。全て知られている、と気付いた群青のなかに恐怖が湧いてくる。
「俺は……正直、まだおまえのことは柊様の生まれ変わりとしてしかみれていない、だから助けたいとも思ってる。でも……おまえの帰りを待っている人は俺以外にもいる」
「……まさか。群青は僕が柊さんの生まれ変わりだから助けたいんでしょう? 柊さんが大切な恋人だから。でも、他の人が僕を待っている? その理由は? 僕に待つ価値なんてない」
「……理由なんてそんなものなくても、おまえを大切に想ってる人はいるんだよ! おまえが気付けていないだけだ!」
「……ふ、」
群青と椛のやりとりを聞いていた濡鷺が笑い出す。ジロリと舐めるような目つきで群青を見つめると、指を差した。そして、蛇の這う如く艶かしく、囁く。
「騙されるな、椛。この男はあんたはんを自分のモンにしたいやけんために嘘をついとるんや。自分が救えおへんどした柊をもういっぺん抱きたいがために」
「……違う、俺は……!」
「そないに言うなら群青、僕から奪ってみせろ。おさきに言うておくけれど、この子が柊ん生まれ変わりやからといってあんたはんと過ごどした記憶がおますわけおへん。まるっきし別ん人格や。ほんでも……死ぬ可能性があっても僕から奪おいやしたいと思うか」
濡鷺がスッと人差し指で畳に触れる。その瞬間――部屋に敷かれた畳が全て、黒く染まり、溶けてしまった。
「……ッ、」
濡鷺の妖術だ。強力な毒の瘴気。あんなものを体にうけたらひとたまりもない。
「一番……あんたはんが馬鹿なトコを言うてやる。僕と、あんたはんん格ん違いをわかってへんトコや」
ゆらりと濡鷺が立ち上がる。そして、にこ、とつくりもののような笑顔を浮かべると、まっすぐに群青を指さした。その瞬間、どす黒い瘴気が群青に向かって放たれる。群青は慌てて妖術をつかって身を守ろうとしたが――体を覆うように出した蒼い炎を、瘴気はいとも簡単に打ち破ってしまった。
「――ッ」
右半身に、瘴気はぶつかった。黒いそれは燃え上がるように群青の半身を包み、そして音をたてて溶かしてゆく。あまりの激痛に、群青は倒れこみ悲鳴をあげた。
「かんにんどっせ、群青。あんたはんが生まれたんはいつかいな? そん妖力からしはると……千年くらい前やと思うやけど。僕はね、よう二千年は前に生まれとる。ほんでこん体内に渦巻く呪念ん強さもあんたはんとは桁違い。わかったやろう、あんたはんに勝機はへん。消えろ、僕ん邪魔をしはるな」
「……群青……!」
群青に駆け寄ろうとした椛を、濡鷺は捕まえてしまう。そして、群青の目の前で唇を奪ってみせた。椛はびくりと体を震わせて、逃げようとする。しかし――濡鷺の放つ妖術によって、身体は快楽に蝕まれてゆく。群青を慈悲もなく手ひどく傷つけたところをみて、なんとなく――この濡鷺という男のどこか黒い本性に気付いたというのに、逃げられない。身体が勝手に、彼を求めてしまう。
「椛……群青んことなんて、忘れてしまえ。どもないや、こんな酷い男が死んやトコであんたにはなかて影響せん。僕が、椛を幸せにしいやあげるんやからね」
「んっ、……や、」
「……は、なせ……椛を、離せ!」
濡鷺の頬を、蒼い炎が掠める。濡鷺の目が、ゆらりと群青をみつめた。
「……群青、おまえ、死んどく?」
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