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「……あれ、ここ」
ついさっきまで、椛と一緒にいたと思う。でもいつの間にか俺は、柊様の屋敷にいた。みれば、体の傷が全部治っている。……夢をみているのだろうか。
「あ……」
縁側に、柊様の背中がある。ゆっくりと近づいていってみれば、柊様は振り向いて、俺をみあげた。
「……群青」
にこ、と柊様が笑う。なんだか、そのまま風に攫われてしまいそうな儚さをもっていた。それもそうか。この人はもう、死んでいるのだから。
「おまえ、本当に馬鹿だね」
「え、なんですか突然」
「僕と、偽物の区別、つかなかっただろう」
「……えっ」
ふ、と意地悪く笑った柊様に、俺はどきりとした。それは? どういうことだ?
「……もしかして」
「……どうだと思う?」
「……ほん、もの」
柊様は、とんとんと自分の隣を叩いた。俺は呆然としながらも、促されるままに柊様の隣に座る。やっぱり信じられなくて、俺は何も言えなかった。まさか、また幻をみてしまっているのかと、そんな可能性も捨てきれない。
「信じる信じない、それはおまえ次第。ただ僕は、群青に言いたいことがあってきただけだから」
庭には、桜の花が咲いていた。思い出の花だ……と俺はぼんやりとそれを見つめる。
「……群青。おまえはまだ、僕を愛している?」
「……はい。ずっと……ずっとずっと、愛しています」
「そっか。僕もだよ」
春風が吹く。柊様の髪が、さらさらと揺れた。なんだかその光景が眩しくて、俺は目を細めた。なぜか……ずき、と胸が痛む。
「……じゃあ、僕以外の誰かを……これから、愛せる?」
「え……?」
柊様が、俺をみつめて微笑んだ。
「僕との思い出が、ずっと群青を縛り付けているね。宇都木を恨んでいるのも、新しい人をなかなか愛せないのも。僕との思い出が、群青のなかに強く残っているから」
「ま、待ってください……そんな、柊様との思い出が俺を苦しめているみたいな言い方、しないでください……」
「いや、そんなこと言ってないよ。正直言おうか、僕は優越感を覚えている。おまえみたいなかっこいい人を、ここまで縛り付けていること」
すり、と柊様が俺の肩口に頭を擦り寄せた。どき、と心臓が跳ねる。彼が甘えるときにいつもしていた仕草。
「……でもね」
「……?」
「……みてみたいんだ。もう一度、群青が誰かを愛して、幸せそうに笑うところ。……おまえが一番かっこいいときはね、人を、愛しているときだったよ」
柊様は、俺の頬に手を添えた。その目は、優しげに細められている。
「愛は、命ってものが存在する限り永遠じゃない。別れがどうしても奪ってしまう。でも……何度でも恋をして、愛しあって、……そうやって僕達は成長していくんだ」
「……柊様」
「難しいよ。簡単じゃない。苦しいし、無様に足掻くことになるかもしれない。でもそれが、生きている証拠だから」
距離が縮められる。桜の花びらがはらはらと舞っている。
「がむしゃらに生きて。群青。そんなおまえが、一番かっこいいよ」
唇が重ねられた。俺がはっとして目を見開くと、柊様はにっこりと、太陽のようにきらきらとした笑顔を向ける。
「――僕の、世界で一番かっこいい、自慢の恋人」
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