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「……――」
まぶたを開けると、部屋が真っ暗になっていた。夜になってしまったということだ。やはり、今自分は夢をみていたようだ……と、群青は体を起こす。椛と話していたのが昼間だったから……いつの間に自分は倒れて、こんなに寝ていたのだろうと苦笑いしてしまう。
「あ……」
ふと、ベッドの端に頭をのせて寝ている椛が目にはいってきて、群青はびっくりしてしまう。ずっと……ここにいたのだろうか。群青はそんな椛がなんとなく愛おしく思えてきて、起こさないようにそっと頭を撫でる。
「……あれ」
そして、気付いた。椛から、あの苦手な臭いがあまりしなくなっている。いや、正しくは……宇都木の臭いへの嫌悪感が薄れている。
『何度でも恋をして、愛し合って――』
「……柊様」
夢のなかで、柊があんなことを言ったものだから、自分のなかで宇都木への恨みが薄れてしまったのだろうか。柊の言ったように生きてみたいと思ったから、それを妨げる強い恨みのしがらみがほぐれたとでも。
「……あんた、馬鹿じゃないですか……俺だったら、恋人が自分以外の人を愛しているところなんて、みたくない」
ぽろ、と雫が瞳からこぼれ落ちる。
「……柊様、」
背中を、押してくれたのだろうか。これからも生きる、自分を。幸せになってほしいと。
まだまだ弱くて、愚かで、そんな自分をあの人は――
ぼたぼたと溢れ出る涙を、とめることはできなかった。年甲斐もなく、群青は声をあげて泣いた。
「生きるから……精一杯、生きるから……柊様、みていてください……」
それが柊様にとっての幸せだというのなら。貴方が願ったのなら――もしまた夢のなかかどこかで会う機会があったときに、貴方が笑ってくれるように。俺は貴方の想いに、応えてみせます。
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