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***  群青の部屋にはいるなり、椛はがちがちに緊張してしまっていた。群青はあまり椛を意識させないように、何食わぬ顔で先にベッドに入って間延びした声で椛を誘う。 「ほら、入れよ」 「う、うん……」  おずおずと椛はベッドにちかづいてきて、群青の隣に潜り込んだ。ちら、と群青を見上げればかあっと顔を赤くしている。ものすごく意識されているなあ、なんて思って、群青はやっぱり悪いことをしたなあなんて頭が痛くなってくる。 「あ、あの……ベッドで寝るのは、久しぶりかもしれない」 「そうだなー、おまえの部屋は和風だから。布団だし」 「子供の時は洋風の部屋だったのに。なんで和風の部屋に変えさせられたのかな」 「おまえが和風の部屋好きそうだったからじゃないの。小さいころ、いつもあの部屋に意味もなくきていたし」 「そう……だったっけ」  緊張していない風を装って、椛はもぞもぞと落ち着かない。 「……あの、なんで群青は、見回りのときは着物着ているの?」 「いや、こっちのほうが俺は好きだから。外に出ないときはこっち着ていたいんだよ」 「……その服装……夢にでてきた群青と同じ格好だから……ちょっと、照れるかな」 「夢?」 「……柊さんの、記憶の夢」  椛は以前、頻繁にみていた夢を思い出して体が熱くなるのを感じた。あの夢をみていたときはわからなかったが、あれは柊の生まれ変わりである自分が、柊の記憶を夢としてみてしまっているのだということに最近気付いた。だから、群青は柊に対してはあんな風に話していて、そして、柊をあんな風に抱いていたのだと……そう思って恥ずかしくなる。情事のときの群青はあんな顔をするのだと、――あの表情を、自分にむけられたらどうなってしまうのだろうと。どきどきしてしまうのだった。  あの顔――本当に、色っぽい顔だったな、なんて。夢のなかの群青を頭に浮かべる。柊を押し倒して、余裕そうな顔で意地悪な言葉を吐いているくせに、その目にははっきりと情欲が揺れている。柊が手を伸ばして、もっと欲しいと請うと、少しずつ余裕が崩れていく。最後には必死に、いっぱいいっぱいになって柊を求めて、「愛している」と何度も何度も言うのだ。あんな顔をされたらひとたまりもないだろうな、なんて椛は考える。あの顔を独占できた柊が羨ましい。  ……柊さんには、かなわないのかな。 「……群青」 「ん?」 「……柊さん。綺麗だった?」 「……ああ。すごく、綺麗だった。……あのころは……ずっと柊様のことをみていたかも。本当に綺麗だったから」 「柊さん、優しかった?」 「……うん。はじめはさ、本当に冷たい人だったんだ。でも、俺と一緒にいて……少しずつ、心をひらいてくれて。俺のこと、考えてくれるようになって……愛してくれて。優しかった。今まで人を愛したことのなかったあの人が、必死になって俺のことを愛して、俺を幸せにしようとがんばって……本当に愛おしかった」 「……柊さんのこと……好きだった?」 「――愛していた」  椛はそっと、顔をあげて群青の表情を伺う。……本当に優しい顔をしていて、目を奪われた。同時に、ずきりと心が傷んだ。自分は柊の生まれ変わりなのに、柊のようには愛されない。柊のように愛して欲しいのに、柊の生まれ変わりという目で彼に見られたくない。でも…… 「……ねえ。僕からは、柊さんの匂いがするんでしょ?」 「……少し」 「柊さんにしたこと、したいとか考えない?」 「……だっておまえは、柊様じゃない」  柊の代わりでもいい、だからあの顔を自分に向けて欲しい。そんなことを考えてしまう。  自分の傷つく選択肢をとってしまうくらいに、椛は必死だった。それくらいに、群青に見て欲しかった。いつの間にか、群青に恋をしていた。 「椛、おまえ、」  群青は椛の言葉を聞いて、戸惑ったような声をだす。「自分を見て欲しい」と悩んでいた椛が、「柊のように扱って欲しい」なんて言っている。 「馬鹿なこと、考えてんじゃねえよ」  そんなに、自分のことを好きなのかと。群青の心はかすかに揺れる。傷ついたように眉をひそめ、じっと自分を見つめている椛を抱き寄せて、ぽんぽんと頭を撫でてやる。 「……俺は、柊様のことを愛していた。でも大丈夫、椛、おまえのこともちゃんと見ているから」 「だったら、柊さんと同じことしてよ……僕だって……群青に、必死になってほしい。余裕のない顔をみたい……!」 「だって、おまえは、まだ……」 「――子供扱いしないで……!」  椛はがば、と体を起こして群青の上に乗る。ぎょっとした群青に、そのまま口付けた。がつ、と歯があたって少し痛い。 「僕だって……もう、だ、抱かれること、できる……」 「……」  顔を真っ赤にして自分を見下ろしてくる椛を、群青は黙って見上げた。やがて、肘を使ってゆっくりと体を起こし、椛と距離をつめる。はっと目を見開いた椛の顎に手を添えて、群青はすっと目を細めてみせた。 「……せめて、もっと上手にキスができるようになってから、だな。それは」 「な、なに……」 「――キスは、こうやるんだよ。下手くそ」  え、と息を飲んだ椛の唇を、群青はそのまま奪ってしまった。

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