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「んっ……!?」  何が起こったのか……わからなかった。ふ、と熱が離れていった唇に、寂しさを感じて、ようやく椛は自分の身におこったことを理解する。目の前に、群青の綺麗な蒼い瞳があって、それがじっと自分を映していて、ぎゅっと心臓が破裂するほどに締め付けられた。 「ぐ、ぐんじょ……」 「がちがちに固まってんじゃねえか。たった一回のキスでこんなになってんじゃあ……ヤんのは早えよ」 「か、勝手に決めないでよ……もう一回……もう一回、キスをして。群青……!」  瞳を震わせている椛を、群青は黙って見つめる。射抜くような視線に、椛の鼓動は急速に早まってゆく。あがってゆく息、くらくらとしてくる視界。でも、その群青の視線は、夢のなかの彼のそれよりもずっとぬるい。それなのに……自分は、こんなにも。 「……そんなに、俺としたい?」 「……したい……群青のことが、欲しい……!」 「……馬鹿だな、……そんなに、焦んなよ」  群青が椛の手を掴み、引き倒す。椛の上に乗ると、すっと見下ろした。かあっと椛の体温が上昇していく。群青は少しずつ椛との距離をつめていって、そして、唇を重ねた。 「……んっ、」  短いキス。それを、何度も何度も繰り返す。角度をかえて、髪をくしゃくしゃと掻き混ぜて、熱を交えて。息継ぎをどこですればいいのかがわからなくて、椛は息苦しさを感じてしまう。 「あ、……ん、ッ」 「ほら……まだ、終わんねえよ。しっかり……」 「は……ん、んんっ……」  頭のなかが蕩けてゆく。苦しいのに、気持ちいい。どきどきと、胸が激しく鳴っている。あまりの熱さに、涙がこぼれてくる。  触れるだけのキスなのに、こんなに自分はとろとろになって。もし、これより先に進んだら、どうなってしまうのだろう。かすかな群青の吐息が聞こえただけでも、ぞくぞくと体の奥のほうが震えてしまうのに。もっともっと、夢のなかのように愛を囁かれて、激しく愛撫されて……そんなことをされてしまったら。  でも――でも…… 「は、……は……」  ようやく開放されて、椛はぐったりとしながら群青を見上げた。とろんとした顔をする椛の頬に群青は手を添えて、ふ、と笑ってみせた。 「……ほら。おまえまだ、キスでいっぱいいっぱいだろ。大丈夫だって、もっと大人になってからでいい。俺は逃げないから」 「……ぐんじょう、」  たしかに、自分はキスをされただけで全身が熱くなって何も考えられなくなって。そんなんじゃあ群青だって、それ以上のことをするのはできないかもしれない。  でも、椛にとって、余裕いっぱいの群青の顔が癪だった。もっともっと群青が欲しいのに。心を奪ってみせたいのに。 「ま、って……」  椛は再び横になろうとした群青の腕を咄嗟に掴む。びっくりしたような顔をした彼を見上げ、ぽろぽろと涙をこぼしながら、懇願するように、絞りだすように、言った。 「……いいから。僕はいいから……群青、お願いだから襲ってよ。群青にだったら何をされてもいいから……ぐちゃぐちゃにされたっていいから……! お願い……群青……!」 「……、」  群青が、固まった。目を見開いて、ぽかんと口をあけている。やがて、椛から目をそらして口に手をあてて、何か考え事をしているのか黙っていた。しばらくしてやっと動いたかと思えば、椛のおねだりも虚しく、群青は布団に潜り込んでしまう。 「……キスに、もっと慣れてからな」 「……じゃあ、キスして」 「だから……焦るもんじゃねえって」  群青はなかなか靡いてくれない。椛はさすがにむっとなってしまって、掴みかかるように自ら唇を押し付ける。固まる群青の唇に噛み付くように、自分で思う大人のキスを必死にしてみせた。しかしそれでも群青はじっと動かない。……なんで。泣きそうになりながら唇を離して、椛ははっと息を呑んだ。 「あ……」  思わず、勢い良く群青に背を向けてしまった。  ――群青の目が。夢のなかでみた、あの目と同じだったのだ。  情欲と理性の狭間で揺れる、熱っぽい瞳。あれを……向けられた。  ドクン、と大きく心臓が跳ねて、椛はもう、何もできなくなってしまった。……こんなに、群青のこの顔は破壊力があるのか。自分に向けられると、こんなにドキドキするのか。やばい、と急に思ってしまった。 「……椛」 「……っ」  名前を呼ばれて、びくんと体が震える。体を群青に向けないままでいると、群青が優しい声で囁いた。 「……俺、たがが外れると本当に食いそうになるから。焦るな。大丈夫……おまえがもっと、大人になったら――」  く、と首に小さな痛みを感じた。群青に噛み付かれたのだと気付いた時、体が燃え上がるように熱くなった。 「――食ってやる」 「……っ」  ぞくぞく、ぞくぞく。今の一言だけで、イキそうになった。椛は体を丸めて、口を手で抑える。  それからは、群青は何も言ってこなかった。椛も、もう限界に達してしまっていて、迫ることができなかった。しばらくして椛の寝息がきこえてきたころに、群青はそろりと体を起こし、その寝顔を覗きこむ。幼いその寝顔をみて、面白くなさそうに唇を尖らせた。 「……さっきのは結構キたわ。油断ならねえな、まったく」  手を出してしまうのは時間の問題だな、と頭をかく。紅の、「あなたが思っている以上に大人だからね」という言葉を思い出して、ち、と小さく舌打ちをした。

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