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群青と休日に街を歩くのは、考えてみれば初めてだ。こうしてみると群青は本当に洋装が映えるし、周りの人達も「かっこいい」なんて言ってちらちらと彼のことをみている。お洒落な建物が立ち並ぶ街のなかをさっそうと歩いている姿は、贔屓目なしでもたしかにかっこいい。
「椛はこういうところ、よく来るのか?」
「……いや、そんなにこないかも」
「ふうん。じゃあ、俺のほうが詳しいかもな」
紅く色づいた並木、きゃいきゃいとはしゃぐ華やかな娘たちの声、馬車の走るからからという音。ゆっくりと街をみたことがなかった椛にとって、すべてが目新しく感じた。なんだかすべてがきらきらとして見えて、胸が弾んでくる。
「……椛」
「なに?」
「……楽しい?」
群青が、椛をみつめて微笑んだ。紅い木々を背景に、金糸の髪がゆれている。日が落ち始めたというのに、なぜかその光景が眩しく思えて椛は目を細めた。
「……うん」
「よかった」
優しげなその笑みに、赤い実が弾けるような感覚。ゆるやかに過ぎていく時間を、こんなにも楽しいと思えるのは、ただ貴方と一緒にいるから。椛は胸につまる熱を逃がすように、は、と息を吐く。
「っつーかさ」
「?」
「そんな後ろ歩いてないで隣こいよ」
群青がちょいちょいと自分の隣を指でさす。当然のように彼が言ったその言葉に、なぜだかたまらないほどの喜びを覚えた。
しばらく街を歩いて、女性向けの装飾品が売っている店にたどり着く。あまり馴染みのないハイカラな雰囲気の店内に、椛は居心地の悪さを感じて群青にくっついて歩いた。群青はといえば、慣れているのか堂々と店内を物色している。店内にいる娘たちが群青をみてきゃーきゃーと言っているのが聞こえてくる。
「前にあげたやつは桜の髪飾りだったんだよなー。あれ、すごく似合っていたんだけど、この季節に桜を模した髪飾りっていうのもな、変だよな」
「たしかに」
「紅は派手なものよりは控えめで綺麗なもののほうが似合うよな。本人の雰囲気が華やかで可愛いし……性格も気が強そうにみえるけど結構お淑やかっつーの、うん。ぎらぎらしたものよりは華奢な感じの……ってなに、なんで笑ってんだよ」
「いや……今の群青を紅にみせてあげたいって思って」
「はあ!? やめろよ、恥ずかしいだろ!」
真剣に髪飾りを選んでいる群青をみて、椛は思わず笑ってしまう。こんなに自分のことを考えて贈り物を選んでくれた、それを紅が知ったら喜ぶだろうな、とかんがえると椛も楽しくなってきた。群青はうんうんと悩んで、やがて2つの髪飾りを手に取る。
「……椛、どっちがいいと思う?」
見せられたのは、薄桃色のものと、山吹色のもの。どちらも紅の雰囲気に合った可愛らしいものだ。
「……僕、あまりこういうの選ぶの得意じゃないんですけど……」
「おまえも一緒に選んだって知ったら紅喜ぶぞ」
「えー、んー、じゃあ……こっち」
「お、こっちか。いいよな、これ。紅の可愛さを引き立たせてくれそう」
いつもの桜の髪飾りの印象が強くて、椛は結局薄桃色の方を選んだ。群青は山吹色の方を棚におくと、手に持っている薄桃色の髪飾りを椛にみせて、笑う。
どきりとする。ああ、好きだな。って。そう思った。
店をでると、空が夕焼けに染まっていた。目の覚めるような赤の並木とは違う、柔らかく世界を覆う色。ふたつの赤が重なって、それは炎のように心を焦がしてゆく。
「……あっちの道いこう」
「あっち?」
群青が、行きの道とは違う道を指し示す。さされた方をみれば、そこはほとんど人の通らない小道だった。もう少し華やかな街の景色を楽しみたかった椛には、なぜ群青がそちらに行きたがっているのかわからなかった
でも、彼が行きたいというところならついていきたいと思った。椛は大人しく、群青についてゆく。
人気がなくなってくる。文明開化を感じさせない、田舎道。むしろこれは家までは遠回りなような気もしたが、時間はたくさんある。椛は特に気にすることもなく、歩き続ける。
「……ん、ごめん」
ふと、群青と指先がぶつかった。あ、と思ってすぐに離れようとすると――群青に、手を掴まれた。はっとして顔をあげれば、夕焼けの赤に染まった群青が、微笑んでいる。
「手、つなごう」
「……っ」
さ、と拭いた風が群青の髪を揺らす。蒼い瞳に赤い光がちらちらと光っていて、きり、と胸が痛むほどにどきどきした。ああ、もしかしてこうするために、群青はこの道にはいったのか。
ぎゅ、と手が繋がれる。ただ手が触れ合うだけだというのに、全身が熱くなる。心臓が溶かされてしまうんじゃないか、そう思ってしまうくらい。
「……夕焼け、綺麗だな」
ぼそ、と群青が呟く。群青の後ろで、橙色の太陽がきらきらと輝いている。群青の輪郭はその光の色でかたどられていて、眩しい。
遠くて、赤い空を見上げてみる。冷たい風と、熱い手のひら。異世界に飛んできてしまったかのような、不思議な非現実感。
そんな景色のなかで……なんとなく、思った。何を僕は焦っていたのだろう、と。美しくて大きな世界。その中で、自分は確かに群青の隣にいる。群青はたしかに今をみていて、こうして自分をみてくれている。
「……群青」
赤い空の光は、切なく胸を締め付ける。群青のことが好きで、好きで、たまらなくて、……自分だけが走ってしまって、彼のことをみることができていなかったのかもしれない。こうして、僕をみて優しく微笑んでくれている彼は、たしかに……僕のことを、好いてくれている。
「……キス、してください」
「……」
群青が立ち止まる。金色の髪は透き通って、赤と混ざり合う。きらきらと光る瞳に、見つめられると、とくとくと鼓動が早まってゆく。
「……好きだよ、俺。おまえのこと、ちゃんと好きだから。椛……」
群青の手が、椛の顎に添えられた。く、と上を向かされて――唇を重ねられる。
広大な赤のなかで、ふたりきりでキスをして。そこで、これ以上はないくらいに、狂おしいくらいに実感する。
――貴方と、恋をしている。
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