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*** 「何回みても今日の椛様、麗しいですわ~! 大人っぽいですよ! 女性たちもきっと椛様に惚れ惚れしていらっしゃいます!」 「紅こそ……すごく綺麗だよ」 「えっ、そ、そんな椛様ったら……!」  今日は椛の誕生パーティーだ。宇都木家の一人息子の18歳の誕生日ということで、各界の著名人を招いた豪勢なパーティーとなっている。ひとしきり挨拶し、落ち着いたところで椛は紅と話していた。紅も、普段は着ない洋風のドレスを身にまとっていて華やかだ(紅と群青は使用人のなかでも特別扱いで、服装も高価なものである)。 「紅もそろそろ男みつければ。さっきから何人に声かけられてんだよ」 「あっ、群青」  紅の後ろから、群青がすっと顔をのぞかせる。彼の手には、ワインボトル。紅の空いたグラスにワインをついでやると、椛にもおどけたように「飲む?」ときいてきた。「飲めません」と言えば近くからジュースのボトルを持ってきてくれる。 「私は付き合うなら、私と同じ妖怪がいいの。ここではみつけない」 「ふうん。だったら屋敷からでて探しにいかないと。いつも屋敷にこもってんじゃねえか。屋敷のなかにいたら妖怪とは出会えねえよ」 「好きな人はいるからいいの」 「えっ!? どこの馬の骨だよ紹介しろ! 変な男だったら許さないからな!」 「……にぶすぎ……」 「?」  相変わらず紅と群青は顔を合わせれば会話が止まらない。椛は群青についでもらったジュースに口をつけながら、苦笑していた。 「……群青、ドレスコード似合っているね。なんかいつもにまして……か、かっこいいというか」 「……あんまりきめてきてるんじゃないわよ。今日の主役は椛様よ! 女の子がみんなあんたのことばっかりみて! いやになっちゃう」  紅はすっと椛の後ろに隠れるようにして、群青を非難していた。「かっこいい」とぼそり、つぶやいた紅に椛まで照れてしまう。「なんで隠れるの」「直視できません」「群青変な顔してるからでてきて!」「無理です」なんてやりとりはきっと、群青には聞こえていない。 「椛さん」 「お母さん……」  三人でやりとりをしているところに、千代がやってくる。パーティーが始まる前は「挨拶は威厳をもってはきはきと」やら「宇都木家の息子らしくびしっとしなさい」やら厳しく言ってきた彼女だが、今は優しい笑顔を浮かべている。 「お誕生日おめでとう」 「……! ありがとうございます……!」 「……あのね、私から椛さんに、贈り物があるのよ」 「贈り物……?」 「行人さんみたいな立派なものじゃないけど……受け取って」  千代が、小さな包み紙を椛に渡す。紅はその中身を察したのか、ぱっと顔を輝かせて椛の脇からそれを覗きこんだ。ちらちらと千代と目を合わせては、ウインクをしている。 「これは……」 「……私が刺繍したの」  包み紙からでてきたのは、ハンカチーフだった。桜の刺繍がついている。千代が一生懸命に刺繍をしている様子をみていた紅は、椛の横で「素敵ですわ!」とひたすらに言っていた。 「……覚えているかしら。もう随分前だけど……貴方が初等学校に入学する前に、家族みんなでお花見にいった。そのとき、椛さん……もう、こんなに笑うんだってくらい、ぴかぴかした笑顔をみせてくれて。私、本当に嬉しかったのよ。大切な貴方が、あんなに笑ってくれたこと」 「……ずいぶん……前の話ですね……覚えているんですか」 「あたりまえじゃない」  小さなころの記憶は曖昧で。椛は、正直なところそのときのことは覚えていなかった。ただ、千代がしっかりと覚えてくれていたということが、嬉しかった。ほんとうに、少し前の自分は馬鹿だ。誰も自分のことをみていないなんて言って。こんなに側に、大切に見守ってくれている人がいたのに。 「あら、椛さん、泣かないで……せっかくの男前が台なしよ」 「……ありがとうございます、お母さん」  ぽろ、とこぼれた涙をぬぐって、椛は照れ隠しをするように笑ってみせた。後ろから群青に軽く頭を撫でられたから、せっかく止まりそうになった涙は、結局ぽろぽろと流れだしてしまった。

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