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「群青~」
バルコニーでぼんやりとしている群青に、後ろから紅が声をかけてくる。
「何しているの?」
「……いや、春風が吹いたなあって」
「ああ……そうだね、桜が咲いてきたから……」
バルコニーからは、庭に咲き誇る桜が一望できる。暖かい風を吸込めば、どこか春の香り。
「……なんか群青……もう若くないよね」
「あ? なんだって?」
「春風で感傷に浸っちゃうのはもう若者じゃないよ~」
「……うるせえな」
「そろそろ子供とか欲しくない~?」
「なんだよその目……」
する、と腕を絡めてきた紅を、群青は訝しげに見下ろした。ふふ、と擦り寄ってくる紅に群青は苦笑い。
「紅さん! 群青さん! きいてくださいよ! もう~!」
そのとき、後ろから女の子の叫び声が聞こえてくる。二人が振り向けば、学生服を着た少女が駆け寄ってきている。
「あら、花乃 様……どうされましたか?」
少女の名前は花乃という。半べそで駆け寄ってきた彼女に、群青と紅は顔を見合わせた。
「私の彼氏が……彼氏が、別れようって……!」
「……まあ」
「どうしよう~……ショックで何も言わないで帰ってきちゃったんです……! いやだって言うべきですよね、別れたくないよ……」
どうやら花乃は付き合っていた人に振られたようで、相談をもちかけてきたようだ。ぐすぐすと泣きながらそんなことを言ってきた彼女をみて、群青はしゃがみこむと彼女の頭を撫でながらこう言ってやる。
「嫌なら嫌って気持ち伝えてこいよ。言わないとわからないだろ?」
「う、う……ですよね……」
「何言ってるの! そんな男別れておしまい!」
しかし、後ろから紅は群青と真逆のことを言ってきた。ええ、と苦笑いして群青が振り向けば、紅は群青を押しのけて花乃の前にしゃがみ込む。
「花乃様の魅力もわからない馬鹿な男、付き合う必要ないわ。もっと素敵な殿方が現れるはずです!」
「ちょっと、おまえなに言ってんだよ! 相手の男もちょっと血がのぼって別れようとか言っちゃっただけかもしれないだろ! すぐ別れるなんて、哀しいだろ!」
「別れようなんて軽率に言う男なんて一緒にいる必要なし! チャンスは一度キリなの、恋愛にやりなおしはナシ! 男の意見はいりません!」
「な、なんだと~?」
紅は群青をキッと睨みつけると、花乃に向き直る。よしよしと撫でてやれば、花乃はちら、と紅を見つめてぼそぼそと言う。
「でも……私、彼がはじめてお付き合いした男性で……これからもう、私のこと好きになってくれる人いないかもしれないのに……」
「何言っていらっしゃるの! 花乃様はこんなにお美しいんですから! すぐに素敵な殿方と巡りあえますよ!」
「そんなあ……私、紅さんほど美人じゃないし……無理かもしれないです……」
「そんなことないですよ! 花乃様はなんていったって文様の娘なんですから! 文様のように綺麗な女性になります。ね!」
「群青さ~ん! ごめんね、こっちに来てくれません?」
そこに、一人の女性がやってきて群青を呼びつけた。群青はその声をきくと、じろ、と紅を睨みつけてバルコニーから離れてゆく。紅がしっしっと手を振っているのをみて、舌打ちをしてやった。
「はい、今いきます……文様」
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