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*** 「ありがとうございましたー!」  椛の着物を店から受け取って、群青は帰路につく。もうすっかり歩き慣れた赤レンガの街。昔のほうが風情があったなんて思っていたが、今となってはこれはこれでいいと思っている。この文明開化の進んだ街並みにも、思い出が染み込んでいるからだ。  椛と、大学校卒業まで付き合って。その間はこの街でいろんなことをして過ごしていた。赤レンガの上を歩いていれば、その頃の思い出が蘇る。……もう、過去のこととなってしまうけれど。  椛が文と結婚して、子供を産んでから何年も経った。娘の花乃は高等学校に通っている。椛が結婚してからは、両親の行人と千代は都心から少し離れた田舎に家を建てて静かに暮らしている。群青と紅は、椛のもとにつくことに決めた。元は恋人だった彼が、妻と幸せそうに暮らしているのをみても、不思議と悲しみは覚えない。むしろ、幸せを分けてもらっているような気さえしてくる。 「俺もほんと……もう、若くないのかな」  少し前のように、大きな波は自分の中からなくなってしまった。穏やかな暖かさだけが、ずっととどまっている。  紅から言われたことを思い出して、群青は苦笑した。じんわりと、静かな幸福感を抱きながら赤レンガの上を歩いて、桜並木を見上げていると、悪くない人生だ、なんて思えてくるのだ。

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