274 / 353
55
***
「ああ、群青。ありがとう」
着物を受け取った椛は、群青ににっこりと微笑みかけた。穏やかなその笑みは、もうすっかり大人のものだ。容姿だけなら、椛のほうが群青よりも歳上である。
「花乃も、もうすっかり大きくなったな」
「え? どうしたの突然。……うん、そうだね、随分背も高くなったかなあ」
「……恋愛相談された」
「えっ? そんな話僕はきいたことないんだけど?」
「父親にはし辛いだろ」
「その話を僕にしてもいいの?」
「……んー、じゃあ聞かなかったことにしてくれ」
ソファに座る椛の隣に、群青も腰をおとす。外出のために着ていたジャケットを脱いで、タイを緩めていると、その様子を椛がじっと見ていた。
「……群青もなんか変わったね?」
「……老けたとか言ったら怒るぞ」
「老けてはいないよ、見た目は若い! なんというか、顔つきが?」
「……」
自分ではそんな感じしないんだけど、と群青は頭をかいた。そんな群青の気持ちを汲んだのか、椛は苦笑している。
「……群青」
「なんだ」
「群青は今、幸せ?」
「ああ。生ぬるく」
「生ぬるくってなに?」
へ、と群青が笑う。ぐしゃぐしゃと椛の頭を撫でてやると、椛は「子供扱いするな」とその手を払った。
「おまえはどうなの」
そのとき、扉から文がはいってくる。二人で彼女のことを見つめれば、彼女はきょとんと不思議そうな顔をしていた。そんな顔をみてか椛は吹き出してしまう。そして、笑声混じりに、群青にだけにわかる声で言った。
「幸せだよ」
ともだちにシェアしよう!