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*** 「私、ひとつだけ宇津木につかえていて、未だに辛いと思うことがあるの」  文の部屋を掃除しながら、紅がぼそりと群青に言う。 「宇津木の人たちは、優しい人も多くて私によくしてくれた。私、みんな好きだったの。でも、彼らはみんな……人間でしょう?」  紅は一冊のアルバムを手に取った。中を広げて、懐かしげに写真をみつめている。 「命の長さが、違うんだよね。好きな人たちの死ぬところを、何回もみなくちゃいけない。嫌だな。大好きな人たちが死ぬのをみるのは」 「……そうだな。でも、人生を精一杯楽しんで、寿命で亡くなる人の死に顔は、俺は嫌いじゃない」  群青は紅に近付いていくと、アルバムを覗き込んだ。「楽しそうに笑ってんじゃん」、なんて感想を言うものだから、紅は苦笑する。 「まあ、おまえが嫌だっていうなら俺はおまえに死ぬところを見せないよ」 「ん?」 「おまえよりも長生きする」 「……そもそも貴方が死ぬときまで、私たちは一緒にいるのかな」  紅の言葉をきくと、群青はぱちくりと瞬きをした。そして、ふ、と吹き出す。照れたように頭をかいて、少しだけ、紅に寄り添った。 「あー、そっか、そういう保証はないか。当然だと思ってた、ずっとおまえと一緒にいるの」 「そうよ。結婚したら使用人は解雇ですもの。この屋敷から出て行くのよ。もう、式神の契約なんてあってないようなものだし」 「……そうだな」  顔をあげようとしない紅を、群青はじっと見つめる。 「……ずっと、おまえと一緒にいたかったな。俺」 「……」  紅はぱたりとアルバムを閉じる。そして、顔をあげて群青をみつめた。目があって、微かに頬を赤らめる。 「……それなら、ひとつだけ方法、あるでしょう?」 「……」 「……私と群青が、ずっと一緒にいる方法」  アルバムを棚に置いて、紅は群青に寄り添った。ゆっくりと背に手を回して、そうすれば群青もぎこちなく紅を抱きしめた。 「あのさ、」 「……うん」 「……一緒にいる方法ってなに?」 「……ハァ? 本気で言ってる!?」  紅は群青を突き飛ばすと、顔を真っ赤にして叫ぶ。 「この雰囲気でそんなこと言われるとは思わなかった! そこまで鈍いなんて……ほんと、あんたバカ! 大人っぽくなったとか思ったけど気のせいね! この、バカ! バカー!」 「は? なんで怒ってんだよ!」 「うるさい! 今の会話の流れはどう考えても好きって言うところでしょ!」 「えっ、なに、俺おまえのこと、好きだよ? なんだよ!」 「そういう好きじゃないくせに! もう! いい加減にしろ!」 「どういう好きならいいんだよ!」 「私は! あんたのお嫁さんになりたいの! それが夢なの! バカー!」  叫んで、紅はそのまま走って部屋をでていってしまった。群青は追いかけようとしたが、紅の言葉の意味を遅れて理解して、立ち止まる。 「え、ええ……ま、まじか、紅……」  ふら、と群青は近くにあった椅子に座り込む。ほして、頭を抱えてぼそりと呟いた。 「……ほんと、俺……馬鹿じゃん」

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