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「なるほど、酷い被害ですね」
「そーなんだよ、そいつがもうとんでもないエロ悪魔でさァ! そいつの誘惑のせいで破局したカップルが何組いることか!」
「まあ破局はどうでもいいですけど、不倫騒動で殺人にまで発展したら放っておけないかな」
がやがやとさわがしい酒場のカウンターでマスターと向かい合っているのはワインレッドのコートを着た少年。相槌を打ちながら話を聞いている少年の顔を、マスターはじろりと覗きこむ。
「これがインキュバスだからって舐めているだろ。油断するとあぶないぞ、他のエクソシストがそいつに食われたって話をきいている」
「えっ。そんなに強いんですか、この悪魔」
「赤ずきんとはいえども、簡単には狩れないだろうなあ」
赤ずきん。そう呼ばれた少年の職業はエクソシストである。人々を襲う悪魔を狩ることを生業として生きていた。トレードマークの赤いコートについているフードを被った姿から、赤ずきんと呼ばれている。この辺りではなかなかに有名な、腕の立つエクソシストだった。
「うーん、どうしようかな」
「――悩んでいるなら俺がやる」
「えっ」
件の悪魔を自分が狩るかどうか、少年が悩んでいると、後ろから突然声が降り注ぐ。驚いて少年が振り向けば、そこには赤い髪をした青年がふんぞり返って立っていた。
「……げ、メル」
少年は現れた青年をみて顔をしかめた。青年の名前はメル。少年と同じ、エクソシストである。
「悩んでるなら俺に獲物よこせよ、臆病者」
「な、なにを……! インキュバスははじめてだったから少し迷ってただけです! この悪魔は僕が狩ります!」
「無理しなくていいんだぜ? 怖いなら俺にまかせろよ、赤ずきんチャン」
へら、と笑ったメルを、少年はきっと睨みつけた。
メルと少年は、いつもこうだ。出会えば口喧嘩。メルもこの町では有名なエクソシストであるため、お互いにライバル視しているのである。獲物が被るなんてこともしばしばで、こうして奪い合いをするのもしょっちゅうだ。
「メルちゃん、やめておけよ。この悪魔インキュバスだぜ?」
「それが?」
にらみ合う二人に割り込むようにして、マスターが話しかける。メルはきょとんとした顔で首を傾げた。
「インキュバスはエロ悪魔だ。襲われたら純潔を奪われるなんてこともありえなくない。メルちゃん……失敗でもしたら、おまえの貞操奪われるぞ!」
「……な、なんだってェ!?」
「そうだ、トレーシー神父に顔をみせられなくなる。だから今回は赤ずきんにゆずってやれ」
「……わ、わかった」
メルはすごすごと引き下がる。メルは町の教会の神父・トレーシーの養子だ。どうやらメルはトレーシーのことが大好きなようで、トレーシーのことを話にだすとメルの百面相をみることができる。今回は神父の養子である自分が悪魔なんかに純潔を奪われるということに凄まじい拒絶反応を示したようで、ぎょっと青ざめるような顔をみることができた。メルがそういう反応をするということは、マスターも予想していた。店の中で喧嘩をされてはたまらないため、メルが引き下がるように促したのである。
「ヘッ、今回はおまえにゆずってやるよ。ちゃんと退治しろよな、椛!」
マスターの思惑は成功したようで。メルはそう吐き捨てて、ドカドカと酒場を出ていってしまった。
「……いやあ~、ほんと、あれがトレーシー神父のところで育った子とは思えねえなあ」
メルが酒場をでていくと、二人の喧嘩をみていた客が少年――椛のもとに集まってくる。赤ずきん、というのはあくまで通名で、少年の本名は椛というのだ。椛の側に寄ってきた男たちは、酒を手に持ちながらへらへらと笑っている。
「あの素行の悪さ。あのトレーシー神父に育てられてなんであんな不良になっちまうかねえ」
「あの赤い髪もなあ、なんだかまるで悪魔みたいだ」
「でもさァ、妙に貞操観念しっかりしているところはさすがって感じだよな」
「まじでアレ童貞なの? あの歳で? 顔は悪くないんだし女ホイホイよってくるだろ?」
口々に好き勝手メルのことを話す彼らに、椛は苦笑している。メルは決して町の人々に嫌われているわけではないが、不良としての認識が強く、大人のあいだでは笑いの種とされることもしばしば。エクソシストとしては優秀で、多くの人々を救ってきたことも、嫌悪されない理由の一つだろう。
「なあなあ、赤ずきんはあいつのことどう思ってんの? よく喧嘩してんじゃん?」
「え……ああ、う~ん……一応同業者としては尊敬していますよ。まあ、あの性格はどうにかしてほしいですけど」
「はは、なあ、そうだよなあ、全くそのとおり! あいつ黙っていればいいやつなんだよ!」
椛も、メルに対しては複雑な気持ちを抱いている。悪い人間ではない、でもライバルである自分には強くあたってくる。嫌いにはなりきれないが、鬱陶しい。顔さえ合わせなければいいのにと思うのだが、妙に遭遇率が高い。
「同じエクソシストなのに正反対だよな。天使と悪魔みたい」
全く性格の違う者同士、同じ町で同じ職業についている。どうして神様はこんな面倒事が好きなのかな、と椛はため息をついたのだった。
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