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*** 「め、メル……」  メルが家に帰ると、出迎えたトレーシーは顔を真っ青にしてメルにかけよった。血まみれでところどころ破けた服。みるからに何かあった、とわかるその容貌に、トレーシーは声を震わせて言う。 「また……無茶な悪魔退治をしたのかい」  トレーシーははあ、とため息をついて、メルを抱きしめた。悲しそうなトレーシーの様子にメルは慌てたのか、ぱっとトレーシーから離れて無事を見せつけるように服をめくってみせる。 「だ、大丈夫だって……俺、すぐ傷治るから……」 「体質にかこつけて危ない悪魔退治ばかりして……メルの体でも、あたりどころが悪かったら死んでしまうんだからね」 「平気だよ……」 「メル……私はね、おまえを心配しているんだからね……!」  トレーシーがほんの少し声を荒げたからか、メルはびくりと肩を震わせた。彼は滅多に怒らない。メルはしゅんとうつむいて黙り込んでしまう。 「おまえは……大切な、私の子なんだから……どうか、無茶はしないでおくれ……メル」  トレーシーは慈しむようにメルを抱きしめた。耳元で聞こえてきた嗚咽に、メルははっと目を見開く。そして、つられるようにしてメルも泣き出しそうになってしまった。ぎゅ、と目を閉じて涙をこらえ、トレーシーの肩に顔をうずめる。 「……ごめんなさい、ごめんなさい義父さん……」  メルが呟けば、トレーシーは抱きしめたまま、ぐしゃぐしゃにメルの頭を撫でた。だから、メルは今度こそ泣き出してしまった。  メルはどんな傷をうけても瞬時に回復してしまう、特異体質だった。生まれつきのもので、原因は不明。トレーシーに拾われて、彼のためにエクソシストになったときーーメルは、その体質を利用することにした。高位の呪文を唱えるには、悪魔に攻撃されるリスクと戦いながら長い詠唱を唱えなければいけない。普通は攻撃されることを恐れて詠唱の短い呪文を唱えるのだが……どんな傷をうけても回復するメルは、攻撃を恐ることなく長い詠唱を唱えられた。どうせ回復するのだからと、動揺することもさほどなく、精神も安定に保つことができた。  メルがエクソシストとして名をあげることができているのは、この特異体質のおかげともいえる。  しかし、トレーシーはこの無茶な悪魔退治を好まなかった。回復するとはいえ、一度は体を傷つけ痛みを受けることになる。それに、回復はおそらく蘇生は不可能であり、心臓でも攻撃されて即死してしまえばそのまま死んでしまう。親として、メルの戦闘方法を嫌うのは当然のことであった。  メルもトレーシーの気持ちをわかっていないわけではない。でもどうしても、悪魔を退治したかった。人々を困らせていることが許せないし、なによりトレーシーを喜ばせたい。ただ、その無茶な悪魔退治のせいでトレーシーに心配をかけているのだから本末転倒になりつつあるのだが。それがメルの悩みどころであった。 「……シャワーをあびて着替えておいで、メル。ご飯できているからね、一緒に食べよう」 「……うん、義父さん」  トレーシーのことが大好きだ。だから、自分はどうすればいいのか……メルは常に、頭を悩ませているのだった。

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