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*** 「……う、」  目が覚めると、少しだけ頭が傷んでメルは顔をしかめた。自分の身に起こったことを理解できず、状況を把握できていない。たしかついさっきまで自分は森のなかにいて、そして悪魔っぽい男に出逢って―― 「……ここ、どこ!?」  はっとして体を起こし、メルは青ざめた。自分は森にいたはずなのに、全く知らない場所にいる。部屋は貴族が住んでいるような派手な内装で、そしてメルはベッドの上に寝かされていた。あの悪魔に誘拐されてしまった、と気付くのに時間はかからなかった。ここはどこだろう、まさか悪魔の世界? メルは慌てて立ち上がる。特に拘束されているということもなく、自由に部屋のなかを歩き回ることができた。メルは迷わず窓まで向かっていき、勢い良くカーテンをあけて外を覗く。 「……?」  外は、暗い。しかし、恐ろしい異界が広がっているというわけでもなく、人間界のように思われる。空は雲が覆っているだけの普通の曇り空。そしてその下に広がるのは大草原。この建物は丘の上にたっているようで、晴れていれば綺麗な景色が見渡せそうだ。しかし、ここから見える草原は、どこか変だ。遠くてよくみえないが、棒のようなものがいくつも刺さっていて…… 「――ひっ……」  目を凝らして、なんとかその棒の正体に気付いたメルは、小さな悲鳴をあげた。墓だ。大量の十字がその草原にはあったのだった。 「――おめざめですか」 「……!?」  突然、誰かに話しかけられる。メルが驚いて振り向けば、いつの間にかあの悪魔が部屋に入って来ていた。大量の墓、誘拐されたという事実、これから自分の身におこることに恐怖を覚えてメルが震えていると、悪魔は無表情のままに、言う。 「(わたくし)、この屋敷の執事のベリアルと申します。ここはノア・ウルフレット公爵の屋敷です。このたびは貴方様に公爵の花嫁となっていただくべく、お連れしました」 「……は、」 ――意味がわからない。  その悪魔の言った言葉を、メルは何一つ理解できなかった。なんとか公爵とか、花嫁とか、そんなことよりもまず、悪魔の名前に驚いてしまったのだ。ベリアル、といったら悪魔のなかでも最高位に属する者。人間なんかに太刀打ちできるような相手ではないから、もうここから自分は逃げることはできないと、メルは絶望に突き落とされたのだった。そもそもベリアルという高名な悪魔が執事をしている、なんてどういうことだといつものメルなら首をかしげたくなるところだが、今の動揺しきったメルにはそんな疑問すらも覚えない。 「え、えっと……花嫁って……その、俺、男ですけど……」 「承知しております」 「あ、あのー……その公爵様って、悪魔、ですか?」 「悪魔……というよりは魔族でしょうか」 「……魔族の花嫁って……えっと、生きていることはできるんですか?」 「もちろん」  じゃああの墓はなんだよ! と心の中でメルは泣き叫んだが、それは口からでてこない。これ以上恐怖を感じたくなかった。聞いてみて、たとえば公爵がとんでもない性癖をもっていて拷問されます、なんて言われたらもう最悪だ。そんな事実をきいたら恐怖だけで死んでしまいそうだ。メルががたがたと震えて座り込むと、ベリアルは冷たい眼差しで見下ろしてくる。しかしやはり表情はかえることなく、「公爵をお連れしてきますので、少々お待ちください」とだけいうと部屋を出て行ってしまった。 「……おわった」  俺はここで死ぬ、メルはそう思ってうなだれた。あの墓が証拠だ、きっと花嫁として連れて来られた人間が、なんとか公爵の手にかかって死んだに違いない。  ちくしょう、人違いだってば。俺は赤ずきんじゃないって。なんで椛はあんな赤いフードのついたコート着ているんだよ、おかげで俺が間違われておまえの代わりに死ぬことになっちまっただろ、ちくしょう死んだら祟ってやる呪ってやる……  メルが半泣きで脳内で呪詛を唱えていると、ドアをノックする音が聞こえる。のそりと顔をあげると同時に、扉がゆっくりと開いた。ベリアルが扉を開けて、そして続いてでてきたのは―― 「……君が俺の花嫁さん?」  見た目二十歳前後の男(魔族ならおそらく実際年齢はウン百歳とかいっているに違いない)。彼はすすっとメルに近づいて、しゃがみ込む。 「名前は?」 「……メルです」 「メル! よろしく、俺はノア・ウルフレット。ヴァンパイアだよ」 「……ヴァンパイア……?」  男――ノアはにっこりと笑ってメルに手を差し出してきた。メルは上の空で握手を交わしながら、必死に頭をまわす。まず、この男が先ほどベリアルが言っていたなんとか公爵だ。そして魔族……といっていたが、種族はどうやらヴァンパイアらしい。吸血鬼。  ……血を吸われる。

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