292 / 353

***  ベリアルに送ってもらって、何事も無くメルは家まで辿り着いた。 「では、私はここまでで。悪魔の私はあまり教会には近づけないので」 「悪魔って教会には近づけないのか?」 「……強行突破しようと思えば近づけます。ですので、教会に引きこもって私たちから逃げようと思っても無駄ですよ」 「うっ……」  明日は教会のなかで大人しくしていてノアから逃げようと思っていたのに……あっさりと図星をつかれて、メルはベリアルから目をそらす。 「……ところでメル様は……」  はやいところ家に帰りたい。そう思ったがベリアルはなかなか去ろうとしない。メルのことをまじまじと見つめて、感心したように言う。 「……人間のわりには、美しいですね。妖気すら感じるくらい」 「妖気って……禁欲ってほどでもないけど大人しく生活しているのに、そんなものでてる? 俺」  顔のことをやたらと賛美されて観察するようにまじまじと見つめられることに居心地の悪さを感じて、メルは一歩後退する。しかしベリアルはさらに詰め寄ってきて、目を細めた。 「ええ、本当に綺麗ですよ。血を吸わなくても伯爵はメル様に惚れていたかもしれない、なんて思います」 「……べつにアイツは吸血の作用で俺のことを好きになってるだけだろ……」 「そんなことおっしゃらず。公爵がメル様に恋をしているということは事実なんですから。公爵の気持ちも少しだけ受け止めてあげてください」 「……」  明日も会える、そう言った時のノアの本当に嬉しそうな顔を思い出して、メルはこれ以上ノアのことを悪くは言えなかった。黙りこんで、メルはあっちいけ、というふうにベリアルを弱々しく睨む。とにかく、これ以上ベリアルと話していたくない。あんまり顔をみつめられるのは好きじゃない。  そんなメルの意図を汲み取ったのだろうか、ベリアルはメルから離れると、す、と頭を下げる。 「……それでは私もこれくらいで。おやすみなさいませ、メル様。良い夢を」 「……おやすみなさい」  最後にほんの少しだけ笑って、ベリアルは消えてしまった。  悪魔に「良い夢を」なんて言われるのはなんだか面白いな、なんて思ってメルは教会までの道を歩き始めた。

ともだちにシェアしよう!