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「おかえり、メル。今日は遅かったね」
「ただいま、義父さん」
家に帰ると、トレーシーがメルを暖かく出迎えてくれた。しかしメルは、吸血鬼に迫られていること、そして出会ったばかりの彼と不貞な行為をしてしまったこと……そんなことから罪悪感がこみ上げてきて、トレーシーをまっすぐに見つめることができなかった。メルがどこか居心地悪そうにしているからだろうか、トレーシーがぽんぽんとメルの頭を撫でてくる。
「なにかあったのかい、メル」
「あっ……」
やはり、トレーシーに隠し事はできない。メルは意を決して、震える声で言う。
「あの……義父さん」
「ん?」
「俺……その、えーっと……なんていうか、あの、貞操を守れないかもっていうか……あのー……」
「……好きな人でもできたのかい?」
「ちっ、ちがっ……! 好きじゃない!」
ごにょごにょと言葉を濁すメルをみて、トレーシーはふっと笑った。顔を真っ赤にするメルはもう、答えを言っているようなものだ。トレーシーは顔を覗き込むようにして、黙り込むメルの肩をつかむ。
「それは良かったね、メル。頑張るんだよ」
「えっ……? だっ、だって、俺その人と結婚するつもりとかないし、それにその人、」
「おまえはおまえの生きたいように生きなさい。私の息子だからって我慢することはないんだよ。いっぱい恋をして、幸せになってほしい」
「と、義父さん……」
そんなことを言われても、今まで貞淑に生きてきたのだから急に考えを変えるつもりはない。しかし、トレーシーの言葉が嬉しかったメルは、ほっと胸のつかえがとれて、ふにゃ、と笑った。わしゃわしゃと頭を撫でられて、さらに破顔させる。
「……ありがと、義父さん」
安心したような顔をするメルをみて、トレーシーも嬉しそうに微笑む。もう夜も遅いから、と早く寝るように促されて、メルはトレーシーにおやすみなさいをして寝室へ向かったのだった。
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